ルイス・ガルシア (1978年生のサッカー選手)とは? わかりやすく解説

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ルイス・ガルシア (1978年生のサッカー選手)

(ルイスハビエルガルシアサンス から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/02 08:05 UTC 版)

ルイス・ガルシア
名前
本名 ルイス・ハビエル・ガルシア・サンス
Luis Javier García Sanz
ラテン文字 Luis García
基本情報
国籍 スペイン
生年月日 (1978-06-24) 1978年6月24日(47歳)
出身地 バダロナ
身長 176cm
体重 74kg
選手情報
ポジション MFLSM
FWSS
利き足 左足
ユース
1994-1997 バルセロナ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-1999 バルセロナB 79 (28)
1998-2002 FCバルセロナ 0 (0)
1999-2000 バジャドリード (Loan) 6 (0)
2000 トレド (Loan) 7 (2)
2000-2001 テネリフェ (Loan) 40 (16)
2001-2002 バジャドリード (Loan) 25 (7)
2002-2003 アトレティコ・マドリード 30 (9)
2003-2004 バルセロナ 25 (4)
2004-2007 リヴァプール 77 (18)
2007-2009 アトレティコ・マドリード 49 (2)
2009-2010 ラシン・サンタンデール 15 (0)
2010-2011 パナシナイコス 18 (2)
2011-2012 プエブラ 33 (13)
2012-2013 UNAMプーマス 35 (4)
2014 アトレティコ・コルカタ 13 (2)
2016 セントラルコースト・マリナーズ 10 (2)
通算 462 (109)
代表歴
1999  スペイン U-21 1 (0)
2005-2008 スペイン 18 (4)
2001-2008 カタルーニャ 5 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルイス・ハビエル・ガルシア・サンス(Luis Javier García Sanz、1978年6月24日 - )は、スペインバダロナ出身の元サッカー選手。元スペイン代表。ポジションはMFLSM)・FWSS)。

クラブ経歴

スペイン時代

カタルーニャ州バルセロナ県バダロナに生まれ、FCバルセロナの下部組織で育った。FCバルセロナBで2シーズンを送った後、1999年夏にプリメーラ・ディビシオン(1部)のレアル・バリャドリードにレンタル移籍し、8月22日のCDヌマンシア戦(0-1)でトップリーグ初出場を果たした。2000年1月にはセグンダ・ディビシオン(2部)のCDトレドにレンタル移籍し、1999-2000シーズン終了までに4得点を挙げたが、CDトレドはセグンダ・ディビシオンB(3部)降格となった。2000-01シーズンにレンタルで所属したCDテネリフェではラファエル・ベニテス監督の下で16得点と大ブレイクを果たし、プリメーラ・ディビシオン昇格を決めた。2001-02シーズンは再びプリメーラ・ディビシオンのバリャドリードにレンタル移籍し、25試合に出場して7得点を挙げたが、その中には古巣テネリフェ戦(5-1)での2得点も含まれる。

2002年夏、360万ユーロの移籍金でアトレティコ・マドリードに完全移籍し、2002-03シーズンは9得点と気を吐いたため、ユース時代に所属していたバルセロナが優先交渉権を行使し、140万ユーロを支払って獲得した[1]。2003-04シーズンはバルセロナのトップチームで初めてプレーし、バレンシアCFに勝ち点5差のリーグ戦2位でシーズンを終えた。

リヴァプール

リヴァプール時代のルイス・ガルシア

2004年8月、CDテネリフェ時代の恩師ベニテスが指揮を執っていたプレミアリーグリヴァプールFCに移籍した。移籍金は600万ポンドであり、背番号10を譲り受けた。そもそもエル=ハッジ・ディウフの控えとして加入したが、ディウフの代役以上の存在であることを証明し、チームの攻撃陣に欠かせない構成要素となった。8月29日のボルトン・ワンダラーズFC戦(0-1)でプレミアリーグデビューしたが、正当だと思われた得点はオフサイドという判定で認められなかった。9月11日にアンフィールドで行われたウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC戦(3-0)で移籍後初得点を決め、2005年3月20日のマージーサイド・ダービーエヴァートンFC戦、2-1)でも得点するなど、2004-05シーズンはリーグ戦で8得点を積み重ねた。UEFAチャンピオンズリーグでは、準々決勝のユヴェントスFC戦ファーストレグで放ったドライブシュートが決勝点となり、準決勝のチェルシーFC戦の4分に決めた得点は相手のジョゼ・モウリーニョ監督から「ゴースト・ゴール」と呼ばれる疑惑の決勝点となった[2]。5月25日にはACミランとの決勝戦(3-3)に出場してPK戦の末に勝利し、2004-05シーズンはUEFAチャンピオンズリーグのタイトルを獲得するとともに公式戦を通じて13得点を挙げ、キャリアの全盛とも言えるシーズンとなった。

2005年夏のUEFAスーパーカップPFC CSKAモスクワ戦(3-1)ではチームの3点目を決めてタイトル獲得に貢献した。2005-06シーズンは大きなインパクトを残せなかったが、FAカップ準決勝でチェルシーを下したゴールのように重要な得点をいくつか奪った。準決勝後のリーグ戦(皮肉にもウェストハム・U戦であった)で退場処分を受け、決勝のウェストハム・ユナイテッドFC戦には出場できなかったが、チームはPK戦の末に勝利して優勝した。2007年1月10日、フットボールリーグカップアーセナルFC戦(3-6)がリヴァプールでの最後の試合となった。この試合で右膝の前十字靱帯を損傷し、少なくとも6か月は戦線離脱することになった。リヴァプールでは公式戦121試合に出場して30得点を決めたが、このうち10得点はUEFAチャンピオンズリーグで決めたものであり、この10得点の半分は2004-05シーズンの同大会決勝トーナメントで決めた得点だった。サポーターとの関係は良好であり、You Are My Sunshineというチャント(Luis García, he drinks Sangria / he came from Barça to bring us joy! / He's five foot seven, he's football heaven / So please don't take our Luis away!)が頻繁に歌われた。リヴァプールのウェブサイト上で行われた、「コップ(リヴァプールサポーター)に衝撃を与えた選手100人」を選ぶオンライン投票によると、現役選手としてはジェイミー・キャラガースティーヴン・ジェラードに次ぐ43位という高位置にランクインした。2007年8月21日にはリヴァプールTV がルイス・ガルシアからサポーターに向けられたメッセージを放送し、多くのファンを感動させた[3]

スペイン復帰

2007年夏、29歳となった彼は移籍金約400万ユーロで古巣アトレティコに移籍した。ほぼ同時期にはフェルナンド・トーレスがアトレティコからリヴァプールに移籍したが、ふたつの移籍交渉は別々に行われた[4]。移籍初年度の2007-08シーズンは主にポルトガル代表シモン・サブローザの控えを務めたが、リーグ戦30試合に出場した。2008-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ・グループ。同シーズンはポジション争いがいっそう困難を極め、後半途中からピッチに送り出されることが多かったほか、試合への招集リスト18人に含まれないこともしばしばあった。2009年8月11日、ラシン・サンタンデールと1年契約を結んだ[5][6]。2009-10シーズンはリーグ戦15試合の出場(無得点)にとどまり、ラシン・サンタンデールはかろうじてセグンダ・ディビシオン残留となった。

キャリア晩年

2010年8月28日、ギリシャ・スーパーリーグパナシナイコスFCと1年契約を結んだ[7][8]。9月4日、古巣リヴァプールのジェイミー・キャラガーの功労記念試合(エヴァートンFC戦)に出場し、2分に得点した。その3日後の9月7日には、カンプ・ノウで行われたUEFAチャンピオンズリーググループリーグのFCバルセロナ戦(1-5)の終盤20分間に出場した。

2011年7月1日、メキシコリーガMXプエブラFCと契約した[9]。7月23日のCFアトラス戦で移籍後初得点を挙げた。2012年に同リーグのUNAMプーマスに移籍した。

2014年1月14日に現役引退を発表した[10]

現役復帰

2014年7月、自身のTwitterで現役復帰とインディアン・スーパーリーグアトレティコ・デ・コルカタに加入することを発表した[11]

代表経歴

2004-05シーズンはリヴァプールFCに移籍して実り多いシーズンを送り、2005年3月26日にサラマンカで行われた中国との親善試合(3-0)でスペイン代表デビューを果たした。2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選プレーオフ・スロバキア戦ではハットトリックを挙げ、本大会出場の立役者となった。本大会の参加メンバーにも選ばれ、先発出場したグループリーグのウクライナ戦とチュニジア戦に勝利したが、後半途中から起用された決勝トーナメント1回戦のフランス戦に敗れて敗退した。

人物

既婚者であり、ふたりの子どもがいる。ボアヴィスタFCに在籍しているハビ・ガルシアは従兄弟である[12]

個人成績

クラブ成績 リーグ カップ リーグ杯 国際大会 通算
シーズン クラブ リーグ 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
スペイン リーグ 国王杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
1997–98 バルセロナ B セグンダB 42 17 0 0 0 0 42 17
1998–99 セグンダ 36 10 0 0 0 0 36 10
1999–00 バジャドリード プリメーラ 6 0 0 0 0 0 6 0
1999–00 トレド セグンダ 17 4 0 0 0 0 17 4
2000–01 テネリフェ セグンダ 40 16 1 0 0 0 41 16
2001–02 バリャドリード プリメーラ 25 7 4 3 0 0 29 10
2002–03 A・マドリード プリメーラ 30 9 2 0 0 0 32 9
2003–04 バルセロナ プリメーラ 25 4 6 1 7 3 38 8
イングランド リーグ FAカップ FLカップ ヨーロッパ 通算
2004–05 リヴァプール プレミア 29 8 0 0 3 0 12 5 44 16
2005–06 31 7 3 1 1 0 13 3 48 11
2006–07 17 3 1 0 1 0 7 3 26 6
スペイン リーグ 国王杯 リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2007–08 A・マドリード プリメーラ 30 2 6 0 5 1 41 3
2008–09 18 0 3 0 2 0 23 0
2009–10 R・サンタンデール プリメーラ 15 0 15 0
ギリシャ リーグ カップ リーグ杯 ヨーロッパ 通算
2010–11 パナシナイコス スーパーリーグ 14 1 6 0 20 1
メキシコ リーグ カップ リーグ杯 北中米カリブ海 通算
2011–12 プエブラ プリメーラ 9 4 9 4
通算 スペイン 283 69 13 4 - 14 4 310 77
イングランド 77 18 4 1 5 0 32 11 118 33
ギリシャ 14 1 0 0 0 0 6 0 20 1
メキシコ 9 4 0 0 0 0 9 4
総通算 383 93 17 5 5 0 52 15 457 115

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 18試合 4得点(2005年-2006年)[13]


スペイン代表 国際Aマッチ
出場 得点
2005 6 3
2006 12 1
通算 18 4

得点

# 開催日 開催地 対戦国 スコア 結果 大会
1 2005年11月12日 マドリードエスタディオ・ビセンテ・カルデロン スロバキア 1-0 5-1 2006 FIFAワールドカップ・予選
2 2-0
3 4-1
4 2006年9月2日 バダホスエスタディオ・ヌエボ・ビベーロ リヒテンシュタイン 4-0 4-0 UEFA EURO 2008予選

タイトル

クラブ

  • リヴァプールFC
UEFAチャンピオンズリーグ : 2004-2005
UEFAスーパーカップ : 2005
FAカップ : 2005-2006
FAコミュニティ・シールド : 2006
  • アトレティコ・マドリード
UEFAインタートトカップ : 2007

個人

UEFAチーム・オブ・ザ・イヤー : 2005

出演

イベント

  • #クラシコ祭(2017年12月23日、東京・ニコファーレ) - ラ・リーガアンバサダー[14]

脚注

  1. ^ Barça buy back Luis García UEFA.com、2003年7月1日
  2. ^ Motion expert says Garcia's shot did cross the line”. The Independent (2005年5月5日). 2012年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月18日閲覧。
  3. ^ A LETTER FROM LUIS GARCIA Liverpool FC TV
  4. ^ Luis García returns to Atlético UEFA.com、2007年7月3日
  5. ^ El Racing llega a un principio de acuerdo con el internacional Luis García ラシン・サンタンデール公式サイト (スペイン語)
  6. ^ ラシンがアトレティコのルイス・ガルシアを獲得 livedoorスポーツ、2009年8月11日
  7. ^ Luis Garcia set to complete Panathinaikos switch EUROSPORT、2010年8月28日
  8. ^ ルイス・ガルシアがパナシナイコスへ UEFA.com、2010年8月31日
  9. ^ El internacional jugador español Luis García llega al Puebla de la Franja Medio Tiempo、2011年7月1日 (スペイン語)
  10. ^ 元スペイン代表のL・ガルシアが現役引退 - Goal.com 2014年1月14日
  11. ^ 元スペイン代表L・ガルシアがインドで現役復帰 Goal、2014年7月8日
  12. ^ Javi García se lo piensa: el Atlético de Madrid más cerca Liga Fútbol、2007年7月24日 (スペイン語)
  13. ^ ルイス・ガルシア - National-Football-Teams.com
  14. ^ 約200人のリーガファンが熱狂! PVイベント「クラシコ祭」を開催”. サッカーキング (2017年12月25日). 2017年12月30日閲覧。

関連項目

外部リンク




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