ヤマニンシャレード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 17:04 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| ヤマニンシャレード | |
|---|---|
| 欧字表記 | Yamanin Charade |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牝 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1983年4月12日 |
| 死没 | 2006年1月5日(23歳没) |
| 父 | ヤマニンスキー |
| 母 | ヤマニンナデシコ |
| 母の父 | グレートホワイトウェー |
| 生国 | |
| 生産者 | 錦岡牧場 |
| 馬主 | 土井薫 |
| 調教師 | 浅見国一(栗東) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 4戦2勝[1][2] |
| 獲得賞金 | 1130万6400円[1] |
ヤマニンシャレード(Yamanin Charade、1983年4月12日 - 2006年1月5日)は、日本の競走馬、繁殖牝馬である。競走馬としては2勝を挙げたにとどまったが、繁殖牝馬として重賞勝ち馬を3頭輩出した。
経歴
競走馬としては中央競馬で2勝[1][2]を挙げた。1986年の優駿牝馬に出走したが13着に敗れている[3]。
競走馬引退後に錦岡牧場で繁殖牝馬となり、初めての産駒であるヤマニンミラクルと2番目の産駒であるヤマニンアビリティがともに中央競馬の重賞・京成杯3歳ステークスに優勝し[1]、同一重賞優勝馬の母となった。さらに1994年には3番目の産駒であるヤマニンランバートも同レースへの出走を予定し、3兄弟制覇の実現に関心が集まったが、出走を回避したため実現しなかった。2002年には5番目の産駒であるヤマニンリスペクトが函館記念を優勝し[2]、本馬の産駒として3頭目の重賞優勝馬となった。
産駒一覧
- 1989年生 - ヤマニンミラクル(牡)(父:アレミロード)3勝、京成杯3歳ステークス優勝、朝日杯3歳ステークス2着[1][2]
- 1991年生 - ヤマニンアビリティ(牡)(父:アレミロード)2勝、京成杯3歳ステークス優勝[1][2]
- 1992年生 - ヤマニンランバート(牡)(父:ジェイドロバリー)3勝
- 1995年生 - ヤマニントランザム(牡)(父:ヘクタープロテクター)
- 1997年生 - ヤマニンリスペクト(牡)(父:サンデーサイレンス)5勝、函館記念優勝[2]
- 1998年生 - ヤマニンルシダ(牝)(父:ヤマニンゼファー)
- 2000年生 - ヤマニンファニオン(牝)(父:ソヴィエトスター)
- 2002年生 - ヤマニンデュエル(牡)(父:ヤマニングローバル) 3勝
血統表
| ヤマニンシャレードの血統(ニジンスキー系/Menow 5×5=6.25%(父内)) | (血統表の出典) | |||
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父
ヤマニンスキー 1975 栗毛 |
父の父
Nijinsky II1967 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic | |
| Natalma | ||||
| Flaming Page | Bull Page | |||
| Flaring Top | ||||
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父の母
*アンメンショナブルUnmentionable 1970 鹿毛 |
Buckpasser | Tom Fool | ||
| Busanda | ||||
| Petticoat | Palestinian | |||
| Sabana | ||||
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母
ヤマニンナデシコ 1974 鹿毛 |
*グレートホワイトウェー Great White Way 1964 鹿毛 |
Court Martial | Fair Trial | |
| Instantaneous | ||||
| Broadway | Hasty Road | |||
| Flitabout | ||||
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母の母
メジロナデシコ 1964 栗毛 |
*チャイナロック | Rockefella | ||
| May Wong | ||||
| オーマツカゼ | ダイオライト | |||
| 第参アストラル F-No.12 | ||||
母ヤマニンナデシコの生産者はメジロ商事株式会社である[1][2]。
脚注
外部リンク
- ヤマニンシャレードのページへのリンク