マルコス政権下における辞任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/03 00:50 UTC 版)
「カルロス・P・ロムロ」の記事における「マルコス政権下における辞任」の解説
ロムロは、フェルディナンド・マルコス大統領の任期のほとんどを閣僚として支えた。しかし、ベニグノ・アキノが暗殺された直後の1983年、体調不良を理由に辞任した。1984年のグレゴリオ・C・ブリランテス(英語版)のインタビューに対して、友人と思っていたアキノが暗殺され、その結果、フィリピンの経済的・国際的評価が急落したことで、心を病んで辞職したと語っている。 妻のベス・デイ・ロムロによると、マルコス政権は、『ニューヨーク・タイムズ』などの国際的な主要日刊紙に掲載する予定の広告に署名するようロムロに求めていたという。ロムロはその広告への署名を拒否して辞任した。
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