プリンティング・ハウス・スクエア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/07/02 01:01 UTC 版)
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プリンティング・ハウス・スクエア (Printing House Square) は、シティ・オブ・ロンドンの区域内にかつて存在した、建物に囲まれた中庭のような形状の広場。1666年のロンドン大火の後、この地に欽定印刷所の役所が移転してきたことから[1]、まず「プリンティング・ハウス」(印刷所)のヤード(庭)、すなわちプリンティング・ハウス・ヤードと称されるようになり[2]、後にはヤードをスクエア(四角い広場)に置き換えて、プリンティング・ハウス・スクエアと呼ばれるようになった[1]。欽定印刷所は、1770年まで当地にあった[3]。
1785年に当地で創刊された『デイリー・ユニバーサル・レジスター』紙は、1788年に『タイムズ』紙と改題して以降、永らくこの地に本社を構えていたが、1974年にここからグレイズ・イン・ロードへ移転し、さらに1986年にはワッピングへと移転した[1]。グレイズ・イン・ロードの社屋はニュー・プリンティング・ハウス・スクエアと呼ばれた[4]。
その後、南側のクイーン・ヴィクトリア・ストリート、西側のブラックフライヤーズ・レーン、北側のプレイハウス・ヤードとアイルランド・ヤード、東側のセント・アンドリューズ・ヒルに囲まれたブロック全体が再開発され、プリンティング・ハウス・スクエアは姿を消した。再開発されたコンプレックス、BNYメロン・センター (BNY Mellon Centre) には、バンク・オブ・ニューヨーク・メロンのロンドンの拠点などが入っている[5]。
脚注
- ^ a b c “London: Printing House Square”. Michelin. 2018年7月1日閲覧。
- ^ 鈴木雄雅「新聞経営の先達者--ウォルター家と『ザ・タイムズ』(上)」、『コミュニケーション研究』第40号、上智大学コミュニケーション学会、2010年、 1頁。 NAID 120005881692
- ^ “Blackfriars”. Institute of Historical Research/School of Advanced Study, University of London. 2018年7月1日閲覧。
- ^ Richards, Stephen. “TQ3082 : 222-236 Gray's Inn Road”. Geograph Britain and Ireland. 2018年7月2日閲覧。
- ^ “Information Sheet (PDF)”. The Bank of New York Mellon London Branch. 2018年7月2日閲覧。
参考文献
この記事にはパブリックドメインである次の出版物本文が含まれる: Gilman, D. C.; Thurston, H. T.; Colby, F. M., eds. (1905). "Printing-House Square". New International Encyclopedia (1st ed.). New York: Dodd, Mead.
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