セレッソ大阪と異なる点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/06 05:08 UTC 版)
「ヤンマーディーゼルサッカー部」の記事における「セレッソ大阪と異なる点」の解説
活動地域は大阪というよりも広く関西圏で試合を行っており、練習拠点に近い尼崎市記念公園陸上競技場を中心に、長居競技場、靭公園蹴球場(現:廃止)、神戸中央球技場、水口スポーツの森などで試合を行った。練習拠点は尼崎市と大津市瀬田のヤンマーグラウンドが使用された。現在もヤンマー尼崎グラウンドではセレッソの下部組織(ユース他)の練習が行われているが、トップチームは舞洲スポーツアイランド、並びに南津守さくら公園のセレッソグラウンドで練習が開催されている。 また現在のサテライト組織相当のチームとして「ヤンマークラブ」というチームが作られ、1976年~1979年の4年間、日本サッカーリーグ2部リーグに所属したが会社の合理化とサッカー部の一本化に伴い1979年のシーズン終了と同時に解散された。このチームに所属した選手の多くは1980年に松下電器産業サッカー部(現:ガンバ大阪)を結成し奈良県社会人リーグに参加した。 ユニフォームカラーは上下ともに赤。チームエンブレムにはサッカーボールを蹴るヤン坊マー坊が描かれていた。
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