ザバーブとは? わかりやすく解説

ザバーブ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/11/03 12:37 UTC 版)

ザバーブ
The Barb (1863-1888)
英字表記 The Barb
品種 サラブレッド
性別
毛色 青鹿毛
生誕 1863年
死没 1888年12月5日
Sir Hercules II
Fair Ellen
生国 オーストラリアイギリス領
生産 George Lee
馬主 John Tait
調教師 John Tait(オーストラリアNSW
競走成績
生涯成績 23戦16勝(異説あり)
獲得賞金 記録なし
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ザバーブThe Barb1863年 - 1888年)とは1866年メルボルンカップに勝った有名なオーストラリア(当時はイギリスニューサウスウェールズ州)のサラブレッド競走馬である。

経歴

ニューサウスウェールズ州バサーストで、父サーハーキュリーズと母フェアヘレンの間に生まれ、200ギニーで売られた。非常に強く怒りっぽい性格で有名で「ブラックデーモン」という名で知られていた。試走ではスタートするや後退し、他馬がゴールすることにはむしろ下がっていた。デビュー戦でも騎手を振り落とし、2戦目でも暴れて勝負にならなかった。このあとなんとか初勝利を上げ、3歳の春(つまり9月)、ぶっつけで第6回オーストラリアンダービーに挑戦、2馬身差で逃げ切り勝ち。メルボルンカップもハナ差で勝った。地元シドニーカップ1868年1869年の2回勝っている。とくに1869年は10ストーン8ポンド(約67kg)というシドニーカップのハンデレコードで優勝。生涯で23戦走り、うち16戦で1着になっている(22-24戦、15-17勝と推定されているが、記録がはっきりとは残っていない)。

競走馬引退後、チャールズ・レイノルズに売られ、彼のトカル牧場で種牡馬になった。種牡馬としては優秀な子を送り出すことなく終わったが、母の母の父としてウォレス(カーバインのオーストラリアでの最良馬。ヴィクトリアダービー、ヴィクトリアセントレジャー、シドニーカップ、豪リーディングサイアー5回)を出している。1888年ミタミタで死亡。ザバーブは2004年オーストラリア競馬名誉の殿堂に殿堂馬として加えられた。

年度別競走成績

  • 1865/1866年(3戦1勝)
    • AJCナーサリーハンデキャップ
  • 1866/1867年(8戦5勝)
    • オーストラリアンダービー、メルボルンカップ、チャンピオンシップ、ホームブッシュプレート
  • 1867/1868年(5戦3勝)
    • シドニーカップ、ポートフィリップステークス、ラウンセストンタウンプレート
  • 1868/1869年(7戦7勝)
    • シドニーカップ、AJSクイーンズプレート、グレートメトロポリタンステークス、クレイヴァンプレート、ランドウィックプレート、ポートフィリップステークス

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