コンツェビッチ不変量
(コンツェビッチ積分 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/16 06:17 UTC 版)
数学の結び目理論においてコンツェビッチ不変量(Kontsevich invariant)又はコンツェビッチ積分(Kontsevich integral)とは、反復積分によって定義される結び目または絡み目の不変量である。全ての有限型不変量、特に量子不変量はコンツェビッチ不変量から復元されるため、普遍量子不変量と呼ばれることもある。
1990年代初頭にマキシム・コンツェビッチが定義した。
この項では関連する概念としてヤコビ図についても述べる。
ヤコビ図とコード図
定義

X を円( 1次元多様体の例)とする。オーダー n のヤコビ図(Jacobi diagram) G とは、右の図の例のような 2n 個の頂点を持ち、部分グラフとして円(external circle)をひとつ持ち、それ以外の円の内部にもグラフ(inner graph)を持ち、次の条件を満たすグラフのことをいう。
- 外部の円にのみ向きが付いている。
- 頂点には、1 もしくは、3 の値が割り付けられている。内部グラフの次数 3 の頂点は接続する 3つの辺に時計方向、反時計方向に順序が対応している。次数 1 の頂点には、重複しないように外部の円に接続されていて、順序は外部の円により与えられる。
G の辺をコード(chord)と呼ぶ。このヤコビ図全体から生成される可換群を以下の関係式で割った空間を +
=0







図中で、実線の矢印は外部の円 X の一部を表し、破線はコードを表す。
3 の値を持つ頂点を持たないヤコビ図を、特にコード図(chord diagram)と呼ぶ。グラフ G の各連結成分が 3 の頂点を持つとき、STU 関係式を繰り返し適用してヤコビ図をコード図に変形することができる。コード図だけを考えるときには、上記の四種類の関係式は次の二つの関係式として表される。
性質
- 一価の頂点数と三価の頂点数の和の 1/2 によってヤコビ図の次数が定義される。これはヤコビ図をコード図に変形した際のコードの本数を表している。
- タングルと同様に、上下方向への積み重ねを合成とし、並置をテンソル積としてモノイド圏をなす。
- 特に
) = (
)·et/2, Z (
) = (
)·e-t/2。ここで t は水平な一本のコードだけを持つコード図で、ex は形式的な指数写像。
- Z(
) =
) =
) は直接コンツェビッチ積分を計算することで得られる。この値を Φ と表記すると、 Z(
) = Φ-1。
そして、合成とテンソル積に対しては以下のようにコンツェビッチ不変量を定める。
- Z(s·u)=Z(s)·Z(u)。
- Z(s ⊗ u)=Z(s) ⊗ Z(u)。
通常のタングルとは異なり、隣り合う端点との距離が等しいことを仮定しないことに注意すべきである(これにより、ここで扱うようなタングルを非結合的タングル、準タングルと呼ぶこともある)。準タングルはモノイド圏を成すが、モノイド積に関して (a ⊗ b)⊗ c = a ⊗ (b ⊗ c) は成立しない。Φ はこの両辺の間の同型を与え、五角関係式(モノイド圏のコヒーレンス条件)をみたす。Φ(またはリー代数由来のウェイトシステムによる像)をドリンフェルト・アソシエータ と呼ぶこともある。上記の U や Φ は無限級数であり、一般の結び目に対する Z の値を求めることは低次の項を除いて非常に難しい。
性質
- 0次のヤコビ図は一種類しかないことから、コンツェビッチ不変量の 0次の値は結び目の交差交換で不変である。このことからコンツェビッチ不変量の係数自身が有限型不変量になる。
- 特に二次の係数は本質的にアレクサンダー-コンウェイ多項式である。
- 結び目に対するコンツェビッチ不変量の値は群的である。即ち、余積をΔで表すと Δ(Z ( K )) =Z ( K ) ⊗ Z ( K ) を満たす。これにより、ある の元 z( K ) が存在して Z ( K ) = exp (z (K )) と書ける。z ( K ) に現れるヤコビ図はすべて、幾つかの連結なループと に接続するための「足」からなるので、z ( K ) のことをループ展開と呼ぶ。
- 結び目の完全不変量だと予想されている。
有限型不変量に対する普遍性
次数 m の有限型不変量 v から m 次のヤコビ図に対するウェイトシステム Wv を構成することができ、一方ウェイトシステム W に対して、 W·Z の m 次の係数は m 次の有限型不変量である。コンツェビッチ不変量は m 次の有限型不変量の空間と m 次のヤコビ図に対するウェイトシステムの空間の間の同型対応を与える(実際には商空間の間の同型となる。)。
歴史
コンツェビッチ不変量はまずコンツェビッチによって反復積分の形で定義された。しかしその定義から、結び目を水平線で幾つかの部分に分割し、部分ごとに不変量の値を求めてもよいことが容易にわかる。実際、レ(Le) と村上順[4]は、結び目の生成系であるタングルを準タングルに拡張し、生成元ごとにコンツェビッチ不変量の値を計算することで組み合わせ的な定義を得た。同時に彼らは紐のねじれ(framing)に対応するコンツェビッチ不変量の値も定式化し、三次元多様体に対する普遍量子不変量への道を開いた(技術的な要請から、反復積分による定義ではヤコビ図(正確にはコード図)に FI 関係式が必要で、紐のねじれの情報は値に反映されなかった)。
コンツェビッチ不変量は本質的に無限級数であるため、その値を決定することは非常に難しい。実際自明な結び目に対する値が決定されたのは[5]においてである。
関連項目
出典
- ^ D. Bar-Natan and S. Garoufalidis, On the Melvin-Morton-Rozansky Conjecture, Inventiones Mathematicae 125 (1996) 103-133).
- ^ M. Kontsevich, Vassiliev's knot invariants, Adv. in Sov. Math., 16(2) (1993) 137-150.
- ^ D. Bar-Natan, On the Vassiliev knot invariants,Topology 34 (1995) 423-472.
- ^ T. T. Q. Le and J. Murakami, The universal Vassiliev-Kontsevich invariant for framed oriented links, Compo. Math. 102 (1996), 42-64.
- ^ D. Bar-Natan, S. Garoufalidis, L. Rozansky and D. P. Thurston, Wheels, Wheeling, and the Kontsevich Integral of the Unknot, Israel Journal of Mathematics 119 (2000) 217-237.
参考文献
- 大槻知忠 『量子不変量』 日本評論社、1999年 (ISBN 4-535-78260-1)
- 村上順 『結び目と量子群』 朝倉書店、2000年 (ISBN 4-254-11553-9)
- 河野俊丈 『反復積分の幾何学』 シュプリンガー・ジャパン、2009年 (ISBN 978-4431706694)
- 特に
コンツェビッチ不変量と同じ種類の言葉
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