ギャラクシー・ズーの宝石
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/29 09:01 UTC 版)

ギャラクシー・ズーの宝石(英:Gems of the Galaxy Zoos:Zoogems)はハッブル宇宙望遠鏡(HST)の観測プログラムとして行われたギャップフィラープロジェクトで、ズーニバース上の市民科学プロジェクトでありギャラクシー・ズーやその姉妹プロジェクトラジオギャラクシー・ズーの中で市民ボランティアが発見した特異天体を詳細に撮影するものである[1][2]。 ハッブル宇宙望遠鏡で行われている主要観測の間には、12分から25分間にかけて視野内を引き続き撮影できる短い時間がある[3]。 Zoogemsプロジェクトではこの観測間の小さなギャップタイムを活用して、2つのズーニバースプロジェクトで発見された300個の特異天体候補について撮影し、それらをより詳しく研究・比較することを目的としている[1]。 観測は2018年5月からHSTの観測提案15445番として始まり、2023年9月に観測を終えるまで300候補のうち193個について実際に撮影した。その多くの画像の露光時間は11分だった[2]。
背景


ギャラクシー・ズーは現在も行われているクラウドソーシングによる天文学プロジェクトで、多数の銀河の形態分類を多くの人々の助けを借りて行ってきた[4]。 プロジェクトで見つかった興味深い銀河について、多くの画像が2007年夏のプロジェクト開始当初からプロジェクトのフォーラムやトークボード(掲示板)に報告されてきた。
さらに姉妹プロジェクトとして、超大質量ブラックホールの発見を目指す2013年12月にラジオギャラクシー・ズーが開始した[5]。 このプロジェクトの科学者チームは、電波で見えるブラックホールや宇宙ジェットをその母銀河と結びつけることを目指していたが、市民ボランティアによる分類の結果、電波周波数で見える数多くの特異な天体候補が「さらに研究すべき対象」としてフラグ付けされた。
こうした両プロジェクトの一連の解析は90万天体に及び、その過程でボランティアによりこれまでほぼ誰も見たことのないような銀河のコレクションが集められてきた[6]。 こうした天体をすべて集めると追加観測のターゲットは1100個にも達したが、観測枠は最大でも300ほどしかなかったため、ターゲットリストの最終的な絞り込みはユーザーによる公開投票で行われた。投票は、2018年2月28日の、HSTへの観測提案締め切りに間に合うように行われた[1]。
Zoogemsプロジェクトのリーダーであるウィリアム・キール博士はアラバマ大学のインタビューで、Zoogemsは多種多様な研究テーマを内包しており、通常の銀河の研究ではなかなかないことだと評した[3]。 さらに、HSTのギャップタイムで得られるデータを使用することで、個々の天体では通常の主要観測として個別プログラムとして採択されるに値しないような天体でも、組み合わせることで興味深い研究対象になるという特色も説明された。HSTのスケジュールに20分のギャップが生じると、HST運用のソフトウェアが自動で現在向いている方向に近い位置にある天体を候補から拾って観測を始めるようになっている[3]。
観測セットアップ

HSTで行われる他の全てのギャップフィラー観測と同様、このプログラムでもHSTの掃天観測用高性能カメラの広視野カメラモードが使用され、より広い画角が得られた[1]。 1天体あたりの露光時間は674秒で、337秒露光した画像2組から生成されるのも、他の同種のギャップフィラー観測と同じである[1]。 観測には3種類の光学フィルターが使われたが、どの天体にどのフィルターを使うかはターゲット天体によって異なる。SDSS-gバンドフィルターに近いF475Wは3種類の中で一番青寄りで渦巻構造に注目する際に使用され、一番長波長側のF814Wは銀河バルジに、その中間としてSDSS-rバンドフィルターとほぼ同じF625Wが使用された[1]。 ACSの画像内でターゲット天体がどこに写るかを計算するために様々なソフトウェアが使われ、最も有用な撮影範囲を決定するために関心領域円と呼ばれる領域内の座標オフセットが用いられた[1]。 グリーンピース銀河の撮影ストラテジーでは、距離によって4枚のフィルターのうちどれを使うかが決められ、銀河の連続構造の研究に役立てられた[1]。
グリーンピース銀河

300個の候補天体のうち74候補がグリーンピース銀河と呼ばれる、ギャラクシー・ズーによって初めて発見された種類の天体である[1]。 2021年5月にZoogemsから初めて出版された論文成果は「グリーンピース銀河で発見された拡散した星雲の連続放射か古い恒星集団」というタイトルで9個のグリーンピース銀河に着目したものである[7]。 この研究では、Leonardo Clarkeらによってグリーンピース銀河内の恒星の年齢の違いについて調べ、中心の星形成領域の恒星は年齢が5億年ほどであるのに対し、銀河本体の恒星も見つかりその年齢はより古く10億年以上であることを発見した[7]。
グリーンピース銀河は水素を電離させる強い放射を大量に放っている天体として唯一知られている集団である。そのため、宇宙最初期に起こった宇宙の再電離を起こした銀河の類似天体として考えられていた[7]。 しかし、最初期の銀河では古い恒星がたくさん存在することは不可能であり、古い恒星と新しい恒星が混ざり合ったグリーンピース銀河では銀河風や元素の保持に影響を与える、再電離銀河とは異なる重力状態を作り出す可能性がある[7]。 そのため、グリーンピース銀河は再電離の時代の天体に対応する類似天体として扱えないだろうと結論付けられた[7]。
電波強度の高い二重ローブ活動銀河核

ラジオギャラクシー・ズーで発見された天体について焦点を当てた最初の研究は、2022年12月にアストロフィジカルジャーナルで発表された[8]。 「電波強度の高い二重ローブ活動銀河核をホストする大質量の円盤銀河の集団」と題されたこの論文では、電波強度の高い活動銀河核やその母銀河の形態が、そのすべてが楕円銀河に近い早期型なのか、渦巻銀河に近い晩期型を含むのか答えを見つけるために行われた研究結果を紹介している[8]。 著者のZihaoらはZoogemsの一環で撮影された画像を使って、二重ローブ構造を持つ電波銀河のサンプルを解析し、円盤状の光学天体と対応しているかを検証した[8]。 その結果、電波と可視光で互いに対応している18個の渦巻銀河を発見した[8]。
さらに著者らは、対応している天体が偶然同じ方向に見えているだけで、真の対応天体が暗すぎて見えていないだけではないのかを、統計的に検証した。結果、対応天体を見つけた32個の銀河のうち18個が高い可能性で真の対応天体であり、14個は可能性が低いと結論付けられた[8]。 従来は電波ジェットを持つ銀河は楕円銀河が多いとされてきたが、Zoogemsの高解像画像と円盤構造の可視性によって、この研究から銀河の形態はその銀河が大規模な電波ジェットを生成する能力を持つかを判断する唯一の指標とは言えないことが発見された[8]。
銀河の宝石の発掘
2023年10月に、アマチュア向け雑誌スカイ&テレスコープに「銀河の宝石の発掘」と題されたZoogemsの紹介記事が書かれた[9]。 この記事では、科学ジャーナリストのMadison Goldbergがプロジェクトの概要を紹介し、宇宙望遠鏡科学研究所のトム・ブラウンからギャップフィラー観測が生まれた経緯について聞いている。 それによると、ハッブル宇宙望遠鏡の観測空き時間は以前から45分単位の「スナップショットプログラム」として活用されていたが、それよりも短い空き時間が依然としてスケジュールできずに残っていた。ブラウンはその時間が無為にされていることをもったいなく思い、1つ1つは短い時間でも積み重なると大きなロスになると考えていた[9]。 そのため、11分露光で行うより小さなギャップタイムを埋めるためのギャップフィラー観測が始められた。
ZoogemsのリードサイエンティストBill Keelは、珍しい銀河が今日の宇宙を理解するために役に立つと説明している。Zoogemsの候補天体カテゴリー「重なり合った銀河」について、「1個1個の銀河自体は珍しくはないが、望遠鏡の画像内で一方がその背後に重なっているという事実が珍しい」と解説している[9]。 グリーンピース銀河について研究する科学者Samantha Brunkerは、Zoogemsに含まれる特異天体の多種多様さは特別なものだとし、「宇宙の全体像を描くには、奇妙な天体を無視して進めることはできない」と語っている[9]。
様々な天体

ピーナッツ銀河との愛称で知られるNGC 1175は地球から2億5200万光年離れた棒渦巻銀河である。銀河の内部領域の形が、そのほかの部分より厚くなっており、この箱型の構造が天文学者に殻付きピーナッツを想起させている[10]
NGC 2292とNGC 2293は2つの楕円銀河で、「グレートパンプキン」の名前で知られている1億2000万光年先の合体銀河である。この相互作用銀河は最終的には1つの巨大な渦巻銀河になろうとしており、これは宇宙でも数例しか見つかっていない珍しいケースである[11][12]。
天使の羽と呼ばれているVV-689系も2つの銀河が合体している。この相互作用により、衝突形状はほぼ完全な対称形をしている[13]。

CGCG 396-2の画像では、地球から5億2000万光年離れた先で、複数の腕を残したまま合体している珍しい合体銀河が写っている.[14][15]
2つの渦巻銀河SDSS J115331とLEDA 2073461は10億光年以上先にあり、衝突しているように見えるが、視線方向にたまたま重なって見えているだけで実際には相互作用していない[6][16]。
関連項目
出典
- ^ a b c d e f g h i Keel, William C.; Tate, Jean; Wong, O. Ivy; Banfield, Julie K.; Lintott, Chris J.; Masters, Karen L.; Simmons, Brooke D.; Scarlata, Claudia et al. (2022-03-07). “Gems of the Galaxy Zoos-A Wide-ranging Hubble Space Telescope Gap-filler Program”. アストロノミカルジャーナル (The American Astronomical Society) 163 (4): 150. arXiv:2202.01098. Bibcode: 2022AJ....163..150K. doi:10.3847/1538-3881/ac517d.
- ^ a b Keel, William C. (2018年3月). “Gems of the Galaxy Zoos HST Proposal 15445”. Space Telescope Science Institute. 2022年12月2日閲覧。
- ^ a b c “Solving Galactic Mysteries a Few Minutes at a Time”. University of Alabama (2018年2月8日). 2022年12月2日閲覧。
- ^ Lintott, Chris; Schawinski, Kevin; Bamford, Steven; Slosar, Anže; Land, Kate; Thomas, Daniel; Edd, Masters; Karen, Nichol et al. (2010-11-26). “Galaxy Zoo 1: data release of morphological classifications for nearly 900,000 galaxies”. 王立天文学会月報 410 (1): 166–178. arXiv:1007.3265. Bibcode: 2011MNRAS.410..166L. doi:10.1111/j.1365-2966.2010.17432.x .
- ^ J.K. Banfield; O.I. Wong; K.W. Willett; R.P. Norris; L. Rudnick; S.S. Shabala; B.D. Simmons; C. Snyder et al. (2015-11). “Radio Galaxy Zoo: host galaxies and radio morphologies derived from visual inspection”. 王立天文学会月報 453 (3): 2326–2340. arXiv:1507.07272. Bibcode: 2015MNRAS.453.2326B. doi:10.1093/mnras/stv1688.
- ^ a b “Hubble Sees Two Overlapping Galaxies”. NASA (2022年9月9日). 2022年12月6日閲覧。
- ^ a b c d e Clarke, Leonardo; Scarlata, Claudia; Mehta, Vihang; Keel, William C.; Cardamone, Carolin; Hayes, Matthew; Adams, Nico; Dickinson, Hugh et al. (2021-05-06). “An Old Stellar Population or Diffuse Nebular Continuum Emission Discovered in Green Pea Galaxies”. The Astrophysical Journal Letters (The American Astronomical Society) 912 (2): L22. arXiv:2012.07668. Bibcode: 2021ApJ...912L..22C. doi:10.3847/2041-8213/abf7cc.
- ^ a b c d e f Zihao Wu; Luis C. Ho; Ming-Yang Zhuang (2022-12-30). “An Elusive Population of Massive Disk Galaxies Hosting Double-lobed Radio-loud AGNs”. アストロフィジカルジャーナル 941 (1). arXiv:2210.11724. doi:10.3847/1538-4357/ac9cd5.
- ^ a b c d Madison Goldberg (2023年10月). “Unearthing galactic gems”. American Astronomical Society. pp. 20–23. 2023年10月22日閲覧。
- ^ Enrico de Lazaro (2019年12月17日). “Hubble Space Telescope Looks at Stunning Peanut Galaxy”. Sci.News. 2022年12月8日閲覧。
- ^ “Hubble Finds 'Greater Pumpkin' Galaxy Pair”. NASA (2020年10月29日). 2022年12月8日閲覧。
- ^ Enrico de Lazaro (2020年11月3日). “Hubble Sees Collision of Two Lenticular Galaxies”. Sci.News. 2022年12月7日閲覧。
- ^ “Hubble Explores Galactic Wings”. NASA (2022年4月22日). 2022年12月7日閲覧。
- ^ “Hubble Spots a Merging Galactic Gem”. NASA (2022年7月9日). 2022年12月8日閲覧。
- ^ “Hubble captures a galactic gem: Image of a beautiful galaxy merger”. The Indian Express (2022年7月11日). 2022年12月7日閲覧。
- ^ Atkinson, Nancy (2022年9月13日). “Galactic Photobombing”. Universe Today. 2022年12月7日閲覧。
外部リンク
- ギャラクシー・ズーの宝石のページへのリンク