カモワン・タロット誕生の歴史的背景
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/07 05:30 UTC 版)
「カモワン・タロット」の記事における「カモワン・タロット誕生の歴史的背景」の解説
カードの一大生産地であったマルセイユで1760年、ニコラ・コンヴェルは自分が彫り上げた版木を使っていわゆるコンヴェル版マルセイユ・タロットの印刷を始めた。梨の木の版木で印刷され、ステンシルを用いて緑と水色を含む多くの色で彩色されていた。1860年頃まで1世紀以上に渡って同じ版木と同じ色彩でコンヴェル版は印刷され続けていた。1861年にカモワン家のジャン・バティスタ・カモワンがニコラ・コンヴェルの子孫である女性との婚姻によりコンヴェル家のカード・メーカーとしての伝統を継承した。そのときにはすでマルセイユにおけるカード・メーカーは2軒のみになり、更に1878年にはカモワン家だけになっていた。ニコラ・コンヴェルの最初の印刷から1世紀が経過する頃には版木は擦り減り、当初のような刷り上がりにはならなくなっていた。擦り減った版木を使えなくなったカモワン家は産業革命の中で、版木での印刷の替わりに4色印刷機械を導入することにした。1880年に新しいタロット・カードを製造した際、多彩な色は4色に制限され、赤、青、黄、黒とわずかな緑に置き換えられた。更にこの変更が模倣されてマルセイユ・タロットの伝統が一般には伝わらなくなった。
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