オヤカマ氏とオイソガ氏
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オヤカマ氏とオイソガ氏 | |
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ジャンル | 放送劇 |
放送方式 | 生放送 |
放送期間 | 1957年2月 - 1966年(終了月日不明) |
放送時間 | 月曜日 - 日曜日(毎日) 8:00 - 8:15 |
放送局 | 文化放送 |
制作 | 同上 |
パーソナリティ | 岡部冬彦(原作) |
出演 | 柳沢真一 柳家金語楼他 |
提供 | 花王石鹸(現:花王)( - 中期) 船橋ヘルスセンター(後期) |
『オヤカマ氏とオイソガ氏』(オヤカマしとオイソガし)は、岡部冬彦原作の4コマ漫画と、それを原作として文化放送で1957年2月から1966年まで、毎朝8時から8時15分に生放送されたラジオドラマ[1]。中期までは花王石鹸(現:花王)、後期からは船橋ヘルスセンターの一社提供。
当時の帯番組は多くは月-金曜、ないしは月-土曜というパターンが多い中で、日曜を含めた毎日生放送というのは報道番組以外では当時としては珍しいパターンだったといわれている[1]。
ラジオドラマは9年間で3000回以上生放送された。[2]特に3000回目の生放送が行われた、1965年5月24日生放送分は、オイソガ氏の女児が生まれたという設定があり、その後リスナーから命名されて「ひな子」とつけられた他、ドラマのシナリオをリスナーに公募してもらうという企画も行われた[1]。
出演者・脚本家全員が9年間に及ぶ生放送を毎朝誰1人抜けることなく皆勤を果たしたことから、第5回日本放送作家協会賞を受章した経験を持つ[1]。
出演
- オイソガ氏家
- オヤカマ氏家
脚本家
- 菜川作太郎
- しのざき凡
- 佐々木恵美子[1]
出典
- オヤカマ氏とオイソガ氏のページへのリンク