エギュイヨン (ロット=エ=ガロンヌ県)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/11/10 05:46 UTC 版)
Aiguillon | |
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国 | ![]() |
地域圏(Région) | アキテーヌ地域圏![]() |
県(département) | ロット=エ=ガロンヌ県![]() |
郡(arrondissement) | アジャン郡 |
小郡(canton) | ポール=サント=マリー小郡 |
INSEEコード | 47004 |
郵便番号 | 47190 |
市長(任期) | ジャン=フランソワ・ソヴォー (2008年-2014年) |
自治体間連合(fr) | fr:Communauté de communes du Confluent |
座標 | 北緯44度18分01秒 東経0度20分30秒 / 北緯44.3002777778度 東経0.341666666667度 |
標高 | 平均:m 最低:22 m 最高:168 m |
面積 | 28.28km² (2 828ha) |
人口 | 4 344人 (2007年) |
人口密度 | 154人/km² |
公式サイト | Site officiel de la ville d'Aiguillon |
エギュイヨン (Aiguillon)は、フランス、アキテーヌ地域圏、ロット=エ=ガロンヌ県のコミューン。
目次 |
地理
エギュイヨンは、ギュイエンヌ地方の要塞都市(fr)である。ロット川とガロンヌ川の合流地点にある。
歴史
百年戦争中の1345年から1346年、イングランド軍に占領されており、フランス王ジャン2世率いる軍に包囲されていた。
エギュイヨンは正式には男爵領であった。1599年、アンリ4世は寵臣のアンリ・ド・マイエンヌにエギュイヨンを公爵領として与えた。彼が1621年に嫡子のないまま死亡したことから、家系は断絶した。
1634年、再興されたエギュイヨン公位はアントニー・ド・ラジュに授けられた。その後1638年にリシュリュー枢機卿はラジュから公位を取り上げ、自身の姪マリー=マドレーヌ・ド・ヴィニュロ・デュ・プレシに授け、この家系がフランス革命まで存続した。
交通
人口統計[1]
1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2006年 |
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3 409 | 3 754 | 3 867 | 4 121 | 4 169 | 4 219 | 4 325 |
脚注
- エギュイヨン_(ロット=エ=ガロンヌ県)のページへのリンク