ウルフ-ウイリアムズ・レーシング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/14 07:02 UTC 版)
「フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ」の記事における「ウルフ-ウイリアムズ・レーシング」の解説
1976年シーズンが始まる前に、カナダの石油王ウォルター・ウルフがフランク・ウィリアムズ・レーシングカーズの株式の60%を買収し、チームはウルフ-ウイリアムズ・レーシングと改名した。しかしながらフランク・ウィリアムズはチームマネージャーとしてチームに残留した。その後ハーベイ・ポスルスウェイトがチーフエンジニアとして到着した。同時にウルフはF1から撤退したヘスケスチームの資産を購入した。チームはウィリアムズの施設があるレディングに拠点を置いたが、車と機材はかつてのヘスケス・レーシングの物を使用していた。チームはヘスケスが1975年の最終戦で使用したヘスケス・308Cを受け継ぎ、ウルフ-ウィリアムズ・FW05と改名、ウィリアムズ・FW04もウルフ-ウィリアムズ・FW04と改名した。FW04は開幕戦のブラジルでのみ使用された。 シーズンが終わった時点で、ウルフはチームの再編成を決定し、ウィリアムズをマネージャーから解任した。幻滅したウィリアムズはパトリック・ヘッドと共にチームを離脱、ウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリングを設立した。ウルフはウルフ-ウイリアムズ・レーシングの株式を100%購入し、チームはウォルター・ウルフ・レーシングとなった。
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