SSGランダース SSGランダースの概要

SSGランダース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/28 12:49 UTC 版)

SSGランダース
SSG Landers
会社名 株式会社新世界野球団
創設 2000年
ロゴデザイン
所属リーグ
KBOリーグ
歴代チーム名
  • SKワイバーンズ(2000年 - 2020年)
  • SSGランダース(2021年 - )
本拠地
仁川SSGランダースフィールド仁川広域市弥鄒忽区
収容人員 27,800人
仁川広域市
仁川広域市京畿道江原道・以北5道(2002-現在)
永久欠番
26
獲得タイトル
シリーズ優勝(5回)
2007|2008|2010|2018|2022
成績(タイトル以外)
アジアシリーズ出場(2回)
太字は優勝、斜体は準優勝)
2007・2008
日韓クラブチャンピオンシップ出場(1回)
太字は優勝、斜体は準優勝)
2010
シリーズ出場(9回)
太字は勝利した年)
5勝4敗
200320072008200920102011201220182022
プレーオフ出場(6回)(太字は勝利した年)
5勝1敗
20032009201120122018|2019
準プレーオフ出場(4回)(太字は勝利した年)
2勝2敗
200320052011|2023
球団組織
運営母体 新世界グループ
監督 李崇勇
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SSGランダース
各種表記
ハングル SSG 랜더스
에스에스지 랜더스
漢字 -
発音 エスエスジ レンドス
RR式 Eseueseuji Raendeoseu
MR式 Esŭesŭji Raendŏsŭ
英語 SSG Landers
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ホームタウン仁川広域市で、本拠地仁川SSGランダースフィールド。仁川広域市が仁川国際空港仁川港を擁するなど韓国屈指の国際都市であることから、英語で「上陸する」を意味する「land」から派生したランダース(Landers)をチーム名に用いている。チームのエンブレムは、英語における「lander」の本来の用法である宇宙船の一種(着陸船)をかたどったものである。マスコットはランディ (랜디) [1]2020年までのチーム名は、SKワイバーンズSK 와이번스、SK Wyverns)であった。

概要

仁川国際空港でも知られるソウル特別市の西側に位置する仁川広域市に本拠を置く。

韓国有数の企業グループ・SKグループ傘下であり、2000年アジア通貨危機で経営危機に陥った繊維メーカーのサンバンウルが傘下のプロ野球球団であるサンバンウル・レイダースを解散したあと、SKグループがその選手たちを受け入れ「新球団」として誕生した。チーム名の「ワイバーンズ」は空想上の竜の怪物・ワイバーン(wyvern、飛龍)から。2021年には新世界グループに売却され、SSGランダースに改称された。

スタジアムは球団創設から2001年までの2年間、中区仁川公設運動場野球場(桃園(ドウォン)球場)を使用した後、2002年より同市弥鄒忽区(当時の南区)に新規開場した文鶴野球場に移転。2013年11月以降、仁川広域市に代わりSKワイバーンズ自身が民間委託運営者として球場運営にあたり、球団事務所も同球場内にあった。2028年、新世界グループが同市西区青羅国際都市朝鮮語版内に新設するドーム球場へ移転することが予定されている[2]

二軍の専用球場や練習施設などがあるSSGフューチャーズフィールド朝鮮語版は、同市江華郡吉祥面にある。

歴史

2000年に韓国野球委員会とSKグループがサンバンウル・レイダースに代わる新球団の創設に合意。
本拠地はプロチームとしてのビジネスのできる人口基盤を求めて、サンバンウルのホームである全羅北道全州市(人口およそ60万)ではなく、およそ100万以上の人口を抱えて、周辺都市まであわせると営業可能な人口基盤がおよそ200万に及ぶと考えられると同時に親会社と繋がりのある首都圏の京畿道水原市を希望。しかし、現代ユニコーンズが以前から希望していたソウルへの移転を前提として暫定的に水原市に本拠地を移動させることになり、空席となった仁川を本拠地として受け入れることになった。
なお、このとき現代ユニコーンズはSK側が仁川を本拠地として受け入れるか否かとは関係なく、ソウル移転計画を強行推進した。その後、仁川を捨てた現代ユニコーンズは、暫定本拠地・水原での人気を得られず、現代グループの分裂などによる経営危機に陥り3度の売却交渉に失敗。その後、2008年から投資会社がスポンサーを募集し経営する新球団、ウリ・ヒーローズが発足して解散となった。初年度の2000年は最下位だった。

2002年サッカーワールドカップ誘致に伴う仁川広域市の新総合運動場建設計画によって、メインスタジアムの隣に受容人員3万人規模の文鶴(ムナク)野球場が完成。これに伴って仁川都心部の桃園(ドウォン)球場から同球場に本拠地を移転。

2003年曺凡鉉監督が就任し4位でポーストシーズン初進出を果たす。準プレイオフから勝ち上がって球団史上初の韓国シリーズ進出を果たすも、現代ユニコーンズの前に、7戦までもつれ込む接戦を演じながら敗れた。

2004年LGツインズから元中日ドラゴンズの李尚勲(日本での登録名はサムソン・リー)が移籍するが、不振に陥りシーズン途中で電撃引退を発表し、この年は5位でポストシーズンに進出できなかった。

2005年は優勝争いを続け終盤2位をキープしていたが、最終戦で斗山ベアーズに追い越され3位に転落、ハンファ・イーグルスとの準プレーオフに敗れた。

2006年は6位でポストシーズンには進出できず、曺凡鉉監督が退任した。

2007年から千葉ロッテマリーンズで1,2軍巡回コーチを勤めた金星根が監督に就任し、シカゴ・ホワイトソックスでコーチを歴任した李萬洙をヘッドコーチとして迎えた。同年度レギュラーシーズン1位で韓国シリーズに直行。プレイオフ勝者の斗山ベアーズを4勝2敗で下して悲願の初優勝を決めた。この時点で存在した韓国野球委員会所属の全球団が優勝を経験することになったが、2008年現代ユニコーンズの解散、ヒーローズの創設で、また優勝未経験の球団が出てきた。
韓国チャンピオンとして出場した同年のアジアシリーズでは予選リーグで中日ドラゴンズを破り、初めて日本球団に勝利した球団になった。しかし、予選は3戦全勝で決勝戦に進んだものの、決勝で中日に破れアジア王者とはならなかった。

2008年は2007年以上の独走態勢で球団史上初の2年連続のレギュラーシーズン優勝、韓国シリーズ優勝を達成した。
韓国チャンピオンとして2年連続で出場したアジアシリーズでは予選リーグで埼玉西武ライオンズを破ったが、台湾代表の統一セブンイレブン・ライオンズに大差で敗れて失点率で3位となり、決勝進出はならなかった。

2009年、戦力的に円熟期にあり優勝の大本命として注目された。しかしシーズン中盤に調子を落とし、起亜タイガースの予想外の快進撃もあって、終盤は韓国プロ野球新記録となる19連勝(1分けを挟む)で猛追したが、レギュラーシーズン3連覇はならず2位で終えた。ポストシーズンはプレーオフから出場し、斗山ベアーズに勝ち3年連続で韓国シリーズに進出した。3年連続の韓国シリーズ進出は1986-1989年のヘテ・タイガース、2004-2006年の三星ライオンズについで3球団目で、起亜タイガースの前に3勝4敗で敗退した。

2010年はレギュラーシーズンでは4月から5月にかけての16連勝もあって首位を守り続け2年ぶりに優勝し、4年連続で出場した韓国シリーズでは三星ライオンズと対戦し、球団史上初となる無傷の4連勝で2年ぶり3度目の優勝を飾った。
2010年11月45日に台湾・台中インターコンチネンタルスタジアムで行われた韓国・台湾クラブチャンピオンシップでは台湾の兄弟エレファンツと対戦し、1勝1敗となった。11月13日に日本の東京ドームで行われる日韓クラブチャンピオンシップでは日本の千葉ロッテマリーンズと対戦し、0-3で完封負け。

2011年8月18日に金星根監督が解任され、2軍監督だった李萬洙が監督代行に就任。同年のレギュラーシーズンは3位となり、準プレーオフで起亜を3勝1敗、プレーオフでロッテを3勝2敗でやぶり、プロ野球史上初となる5年連続韓国シリーズ進出を達成したが、三星に1勝4敗で敗れた。シーズン終了後、李萬洙が正式に監督に就任した。

2012年はレギュラーシーズン2位で、ポストシーズンはプレーオフでロッテジャイアンツに勝利し、自チームの記録を更新する6年連続韓国シリーズ出場を決めた。3年連続で対戦した三星ライオンズに2勝4敗で敗れ、2年連続準優勝となった。2013年は6位で、7年ぶりにポストシーズンに進出できず韓国シリーズ連続出場記録も途絶えた。2014年は5位で、2年連続ポストシーズンに進出できず李萬洙監督も退任した。

2015年より金用煕監督が指揮を執った。同年よりプロ野球が10球団制となり、上位5位までポストシーズンへ進出できるようになった。レギュラーシーズン5位で3年ぶりにポストシーズンへ進出し、ワイルドカード決定戦から出場したが、ネクセン・ヒーローズに敗れた。2016年は6位で2年連続ポストシーズン進出とはならなかった。金用煕監督は退任し、球団史上初となる外国人監督のトレイ・ヒルマンが監督に就任した。

2017年はレギュラーシーズン5位で、2年ぶりにワイルドカード決定戦に進出したがNCダイノスに敗れた。

2018年はレギュラーシーズン2位で、ネクセンとのプレーオフ、斗山との韓国シリーズで勝利し8年ぶり4度目の優勝となった。ヒルマン監督が退任し、廉京燁が監督に就任した。

2019年はレギュラーシーズンを終え斗山と同じ勝率で並ぶが、直接対決で負け越していたため2位扱いとなり、ポストシーズンはプレーオフから出場するとキウム・ヒーローズに敗れた。

2020年は成績が低迷し、6月25日の試合中、廉京燁監督が突然失神し、緊急搬送された。廉京燁の治療の間、朴勍完が監督代行を務め、廉京燁監督は9月1日より復帰するも健康状態が思わしくないため、9月8日より同年シーズンの残り試合は朴勍完が再び監督代行を務め、球団史上最低の9位で4年ぶりにポストシーズン進出に失敗した。10月30日、廉京燁監督が辞任、11月6日、金圓衡が監督に就任した。

2021年1月26日に、SKグループが新世界グループに球団を売却することを発表[3]。3月5日付でKBOが売却を正式に承認したことに伴って、チーム名を「SSGランダース」に改称した[4]。「SKワイバーンズ」という名称やロゴの使用も同日で終了したため、6日以降の練習試合では、「INCHEON」(本拠地である仁川広域市の英語表記)の胸マークを付けたユニフォームを暫定的に着用していた。3月12日に、新チームのロゴとエンブレムおよび、新しいチーム略称(L's)を発表[5]。3月30日に韓国・ソウルのウェスティン朝鮮ホテルで創団式を開催し、ユニフォームとマスコットキャラクター「ランディ」を発表した。同年は6位で2年連続ポストシーズン進出に失敗した。

2022年は12年ぶりにレギュラーシーズン優勝、4年ぶりに韓国シリーズに進出、キウム・ヒーローズに勝利し4年ぶり5度目の優勝となった。

2023年はレギュラーシーズン3位、ポストシーズンでは準プレーオフでNCに敗れ、10月31日、金圓衡は監督を解任された。11月17日、李崇勇が監督に就任した。




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