走高跳 歴史

走高跳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/24 06:39 UTC 版)

歴史

近代陸上競技以前の高跳び

古代ギリシャの競技会では高跳び競技は行われていなかった様である[12][14][注 3]。一方、「垂直方向への跳躍能力」を誇示したり競ったりする儀式・祭事・競技はアジアアフリカ先住民族などの世界各地で確認されており[25]、またケルトの人々のあいだでは一般的に行われていた様である[12]

18世紀のドイツでは子供向けの体育教育の一環として高跳びが用いられており[24]、また1834年発行の『英国男性の身体訓練』には軍事訓練の一つとして紹介されている[14][26]。この頃は「バー正面から助走を行い、膝を曲げて跳び、足から安全に着地する」といった跳び方で[27]、高さを競うとともに跳躍姿勢の美しさも求められるものだった様である[26]

近代陸上競技としての走高跳の黎明

19世紀になるとイギリスの各学校で始まった陸上競技大会の一種目として走高跳が行われる様になり[24]、1865年には「同一の高さの試技は3回まで」「両足踏み切り禁止」といった現在に繋がるルールが制定された[12]。当時の競技環境は、走幅跳のようなバー正面からの直線の助走路で、着地場所は普通の地面や芝生で[27][13]、着地の安全対策としてその上になめし皮やベッドマットを敷いたりする程度であった[13]。助走路の制約や着地の安全性の観点より[27]、当時の跳躍は「バー正面から助走し膝を折り畳んで跳ぶ」[14][28]、「バー正面から助走するはさみ跳び正面跳び)」[19][27][注 4]、「正面を向いたままで走り幅跳びの様な跳び方」[13]、「正面を向いたままでハードルを飛び越える様な跳び方」[13]といった様々な方法が取られていた[24]。1864年の第1回オックスフォードケンブリッジ大学対抗戦では1.66mの記録が残っている[26]。その後、イギリスにおいては、1875年にはAAC選手権でマイケル・ジョージ・グレイズブルック英語版が1.80mを、1880年にはキャリック・オン・シュア・スポーツでパトリック・ダヴァン(Patrick Davin)が1.90mの記録を残した[24][29]

アメリカでの跳躍法の改良

走高跳がアメリカに伝わると、1868年には初の正式な競技会が開催された(記録は1.67m)[24]。その後、着地地点を砂場にし着地の安全対策が進むと、クリアランス時に無理な態勢をとっても安全に着地できる様になり[13]、1874年にはウィリアム・バード・ページ(William Byrd Page)が「はさみ跳び」を改良[10][注 5]、また、マイケル・スウィーニー英語版がさらに改良し「イースタンカットオフ英語版」を編み出した[12]。「イースタンカットオフ」は、バー正面から助走し、脚を交互に広げ[14]、クリアランス時に体がバーと水平になる様に前屈方向に回転させることでお尻をより持ち上げる跳び方で[15]、1880年代にはアメリカにおいて主流の跳び方となり[14]、1895年にはマイケル・スウィーニーがこの跳び方で1.97mを記録した[14][29]。「イースタンカットオフ」やその派生の跳び方は、1940年頃まで、速い助走を好む選手に用いられていた[18]

また、1896年アテネオリンピックでオリンピック競技に初めて採用され、アメリカのエラリー・クラークが1.81mで金メダルを獲得した[24]

20世紀に入ると、ジョージ・ホーリンが「斜めから助走し、バー側の脚で踏み切り、踏み切り脚を横向きの体の下側に引き寄せ、体は横回転してバーを越え、着地は脚から行う」といった新しい跳び方「ウエスタンロール英語版」を開発した[13][16][注 6]。「ウエスタンロール」に対しては「ダイビングの様であり走高跳の跳躍方法とはいえない」と異議が申し立てられ、「頭部は腰より高い位置に置き、両足から先にバーを越えること」との規則が追加されることになった[13]。「ウエスタンロール」によって、1912年にはジョージ・ホーリンが2.00mを、1937年にはメル・ウォーカー英語版が2.09mを記録した[16]。「ウエスタンロール」は1936年ベルリンオリンピック頃までは主流の跳び方であった[19]

ベリーロールの登場

1933年には「頭の位置は腰より高く」との規則が、また1936年には「頭や胴体よりも足が先にバーを越えなければならない」との規則がそれぞれ撤廃された[12][30]。この時期にデビッド・アルブリットンが「ウエスタンロール」と同様に斜めに助走し、クリアランス時はバーを中心に腹ばいの状態で胴体を回転させバーを越す」といった新しい跳び方「ベリーロール」を編み出した[14][19][注 2]、デビッド・アルブリットンはこの跳び方で1936年に2.07mを記録するなど[31]、この当時の最も効率的な跳び方として[19]、主流の跳躍方法となった[30]

「ベリーロール」で、1956年にはチャールズ・デュマ英語版が2.15m、翌1957年にはソ連のユーリー・ステパノフ英語版をが2.16mを記録したほか[32][注 7]、1960年にはほぼすべての競技者が「ベリーロール」を使用する様になっていた[19]。1950年代から始まるソ連の指導者・選手による「ベリーロール」の技術改良[注 8]により、1963年にはワレリー・ブルメルが228cmまで記録を伸ばした[32]

背面跳びの登場(1968年)後の1970年代も、ベリーロールを用いる選手と、背面跳びを用いる選手が混在し、互いに競っていたが[22]、1978年にウラジミール・ヤシュチェンコ英語版が出した室内記録2.35m[34]、屋外での記録2.34mが[35]、「ベリーロール」での最後の世界記録となった[36][23]

背面跳びの登場

1960年代半ばには、着地用マットの整備が進むと、「曲線で助走し、背面を下側にバーを越え肩や背中で着地する」といった新しい跳躍方法「背面跳び」がディック・フォスベリーにより編み出された[12][14][19][28][21]1968年メキシコシティーオリンピックでディック・フォスベリーがこの跳び方で金メダルを獲得し(記録2.24m)[31]、多くの選手がこの跳び方を採用するようになった[22]。1970年代は「ベリーロール」と「背面跳び」は互いに競っていたが[22]、1980年代以降は「背面跳び」が世界で最も使われている跳び方となっている[14][23]。2021年現在の世界記録は、1993年にハビエル・ソトマヨルが「背面跳び」で出した2.45mである[23][37]

女子競技とパラリンピック

女子競技はアメリカにおいて1895年に初めて開催され、オリンピックでは1928年のアムステルダム大会より正式種目となった[12]ヨランダ・バラシュは「はさみ跳び」を使い、1958年1.78mを皮切りに1961年1.91mまで世界記録を更新し、1971年まで世界記録を保持した[38][39]。「ベリーロール」では、1971年にイローナ・グーゼンバウアーが1.92mを記録、1977年にはローズマリー・アッカーマンは女子初の2.00mを記録した[40]。1978年にサラ・シメオニが「背面跳び」で2.01mを記録、1987年にはステフカ・コスタディノヴァが「背面跳び」で2.09mを記録し、これが2021年現在の女子世界記録となっている[40]

パラリンピックでは、男女とも1976年のトロント大会より実施されるようになった[41]


注釈

  1. ^ 「はさみ跳びはページが初めて使用した」[12]とする資料もある。
  2. ^ a b 「1919年頃までには登場したが、普及したのが1930年代」[30]とする資料もある。
  3. ^ 「当初は実施されていなかった」[24]、「実施された形跡はほとんどない」[25]、「実施されていた」[19]、とする資料もある。
  4. ^ 「(後の)1874年にウィリアム・バード・ページが初めて使用した」[12]、「着地地点に砂場が出現した後にはさみ跳びが出現した」[13]、とする資料もある。
  5. ^ 「ページが初めて使用した」[12]と、「砂場になり、はさみ跳びが出現した」[13]、とする資料もある。
  6. ^ 背が下向きとなるバリエーションは「ロール・オーバー」と呼ばれた[16]
  7. ^ この当時は靴底の厚さについての規制が無く、最大5cmものの特注厚底靴が競技に使われていた。ステパノフのこの記録もこのような厚底靴を使用したもので、翌1958年には国際陸連により靴底の厚さが規制されるようになった。[33]
  8. ^ クリアランス時に上体をバーの着地側下方に倒す方法で、「ソ連式ベリーロール」「ダイブ・ストラドル」と呼ばれた[20]
  9. ^ 国際陸上連盟(IAAF)設立以前の1912年3月29日までの記録はアマチュア記録のみを記載。
  10. ^ 国際女子スポーツ連盟(FSFI)設立以前の1920年11月13日までの記録は木製バー使用の記録のみを記載(ロープ、竹製バー使用の記録は未記載)。

出典

  1. ^ 日本陸上競技連盟 2021, pp. 133–135, 138.
  2. ^ a b 日本陸上競技連盟 2021, p. 220.
  3. ^ a b 日本陸上競技連盟 2021, p. 226.
  4. ^ a b c d 日本陸上競技連盟 2021, p. 230.
  5. ^ a b c 日本陸上競技連盟 2021, p. 235.
  6. ^ 日本陸上競技連盟 2021, p. 231.
  7. ^ 日本陸上競技連盟 2021, p. 232.
  8. ^ 俺もお前も金メダル! 男子走り高跳び決勝で珍事 | 陸上 | 東京オリンピック”. 東京2020オリンピック | NHK. 2021年8月2日閲覧。
  9. ^ 日本陸上競技連盟 2021, pp. 232–234.
  10. ^ a b c Jürgen Schiffer 2009, p. 11.
  11. ^ a b c 真鍋周平 2020, p. 43.
  12. ^ a b c d e f g h i j k l High jump - Introduction” (英語). oaaf.org Hme of World Athletics. International Association of Athletics Federations. 2012年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月14日閲覧。
  13. ^ a b c d e f g h i j k l 岡尾惠市 (2019年3月19日). “陸上競技のルーツをさぐる30 走高跳の歴史<そのIII>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月12日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 苅部俊二 (2012年10月20日). “苅部俊二のダッシュ!!>vol.31「走高跳」”. ハマスポ. 横浜市スポーツ協会. 2021年7月8日閲覧。
  15. ^ a b 真鍋周平 2020, p. 44.
  16. ^ a b c d e 真鍋周平 2020, p. 45.
  17. ^ a b 細谷真澄 1977, p. 91.
  18. ^ a b Jürgen Schiffer 2009, p. 10.
  19. ^ a b c d e f g h i Jürgen Schiffer 2009, p. 9.
  20. ^ a b 真鍋周平 2020, p. 50.
  21. ^ a b 真鍋周平 2020, pp. 51–52.
  22. ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 52.
  23. ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 56.
  24. ^ a b c d e f g 真鍋周平 2020, p. 40.
  25. ^ a b 岡尾惠市 (2019年3月5日). “陸上競技のルーツをさぐる28 走高跳の歴史<そのI>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月8日閲覧。
  26. ^ a b c 岡尾惠市 (2019年3月12日). “陸上競技のルーツをさぐる29 走高跳の歴史<そのII>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月8日閲覧。
  27. ^ a b c d 真鍋周平 2020, p. 42.
  28. ^ a b 細谷真澄 1977, p. 94.
  29. ^ a b c Richard Hymans 2021, p. 172.
  30. ^ a b c 真鍋周平 2020, p. 46.
  31. ^ a b 岡尾惠市 (2019年3月26日). “陸上競技のルーツをさぐる31 走高跳の歴史<そのIV>”. 筑波大学陸上競技部OB・OG会. 2021年7月13日閲覧。
  32. ^ a b 真鍋周平 2020, p. 49.
  33. ^ High Jump”. World Athletics. 2021年7月14日閲覧。
  34. ^ Richard Hymans 2021, p. 478.
  35. ^ a b c d Richard Hymans 2021, p. 176.
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  37. ^ Richard Hymans 2021, p. 177.
  38. ^ a b c d Richard Hymans 2021, p. 340.
  39. ^ 真鍋周平 2020, pp. 59–60.
  40. ^ a b 真鍋周平 2020, p. 60.
  41. ^ "走高跳び". 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンクより2021年7月11日閲覧
  42. ^ Richard Hymans 2021, pp. 171–177.
  43. ^ Richard Hymans 2021, p. 173.
  44. ^ a b c d e f Richard Hymans 2021, p. 174.
  45. ^ Richard Hymans 2021, pp. 336–343.
  46. ^ Richard Hymans 2021, p. 337.
  47. ^ Richard Hymans 2021, p. 338.
  48. ^ a b c d e f Richard Hymans 2021, p. 339.
  49. ^ Richard Hymans 2021, p. 341.
  50. ^ a b Richard Hymans 2021, p. 342.
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  68. ^ 陸上競技ヒストリー>世界選手権入賞者>第1回〜第10回(1986〜2005)”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。
  69. ^ 陸上競技ヒストリー>世界選手権入賞者第11回~(2007~)”. 日本陸上競技連盟. 2021年7月18日閲覧。





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