藤井崇治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/19 02:12 UTC 版)
参考文献・ウェブサイト
- 藤井伸編 『藤井崇治』 1976年
- 『現代日本朝日人物事典』 朝日新聞社 1990年
- 荘川桜 | J POWER | 電源開発株式会社
- 誠之館人物誌 「藤井崇治」 札幌逓信局長、逓信省郵便局長、電源開発総裁
- 鎌倉市における歴史的風土の保存に関する 神奈川県・鎌倉市の取組み
- 第048回国会決算委員会第7号
関連項目
|
|
|
- ^ 藤井は「佐久間ダムの建設によってわが国近代化への扉が開かれた」と述べている(藤井伸編 『藤井崇治』 1976年、150頁)。
- ^ これを手掛けたことは、やがて電源開発が石炭火力を全面的に引き受けさせられる運命に繋がった(藤井伸編 『藤井崇治』、134頁)。
- ^ 日本国内での交流電源、東日本50Hzと西日本60Hzの周波数の一本化問題は、藤井も逓信省電気局監理課長時代(1934年12月〜1937年5月)や日本発送電副総裁時代(1945年9月〜3月)に実現を目指したが至らず。結局、東日本は50Hzに西日本は60Hzに統一する方針を立て、当時まだ隋所に残っていた25サイクルとか40サイクルだけは廃止した。戦後はGHQ全能の時代で、特に初期の占領政策として日本の弱体化が至上方針だったようで、ついにサイクル一本化は陽の目を見なかった(藤井伸編 『藤井崇治』、20-21、26-28頁)。
[前の解説]
固有名詞の分類
- 藤井崇治のページへのリンク