海老原博幸 海老原博幸の概要

海老原博幸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/17 07:31 UTC 版)

海老原 博幸
『プロレス&ボクシング』1962年4月号増刊より
基本情報
本名 松田 博幸
通称 カミソリ・パンチ
階級 フライ級
身長 164cm
国籍 日本
誕生日 (1940-03-26) 1940年3月26日
出身地 東京都福生市
(出生地は埼玉県浦和市
死没日 (1991-04-20) 1991年4月20日(51歳没)
スタイル 左ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 68
勝ち 62
KO勝ち 33
敗け 5
引き分け 1
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同じ階級のファイティング原田青木勝利とともに「フライ級三羽烏」と呼ばれた。

ボクシングとの出会い

10代の海老原は目黒のトンカツ屋で出前のアルバイトを募集していた為に面接に行くと、いかつい顔の店主がじっと彼の体、特に足を見て「縄跳びしてみろ」と言った。何の意味があるのか判らなかったものの、とにかくバイトで金を稼ぎたかった海老原は店主の言うままにジャンプやダッシュを繰り返した。この親父は面接の後すぐに店を畳んでいる。この店主、実は豪傑で名高いライオン野口岩田愛之助系の国士でもある)の高弟で、野口ジムの四天王と呼ばれたファイター型のボクサーだったが、ボクサーを辞めてマネージャーとなるとヤクザにタカラれる毎日でホトホト嫌気がさしたので『堅気になろう』とジムの後輩山神淳一を大番頭に心機一転「とんかつ屋」を開いたばかりであった。そして、この店主が後に8人の世界チャンピオンを誕生させた金平正紀である。金平と親交のあった安部譲二は仲間と一緒に開店祝いを出したのに直ぐに閉めた事に文句を言いに来て、金平から聞いたのが上記の証言としているがこの説はあまりにドラマチックであり、実際は面接にきた少年と金平が世間話を始めたのが始まりという説もある。ともかく運命の出会いを果たした二人は、菓子折りを手に方々のジムを借り練習を始め、馬小屋を改造したささやかなジムを拠点とした。これが協栄ボクシングジムの歴史の始まりである。

カミソリ・パンチ

同時期のライバルで後に親友となるファイティング原田(東日本新人王決勝で両者は対決し、原田の判定勝ち)は「海老原は天才だった」と述べており、名王者リカルド・ロペス大橋秀行との対談で海老原の実力を高く評価している。当時数多くの強豪が犇いていたフライ級の戦線で原田にこそ敗れたが、三羽烏のライバル青木勝利、東洋王座を10度防衛する中村剛(通算4戦して3勝1分)、後の世界王者チャチャイ・チオノイ、そして現役世界王者ポーン・キングピッチなどを相手に国内歴代3位となる29連勝(世界戦を除いた戦績は62戦60勝1敗1分)を達成、連勝ストップ後も海外で後の世界王者アラクラン・トーレスに2勝するなどフライ級では屈指の実力者であった。その実力の高さから、ポーンを破り世界王座を獲得したサルバトーレ・ブルニ( イタリア)の陣営が頑なに海老原との対戦を拒んだというエピソードもある。天性のリズムと絶妙のタイミングから放たれる左ストレートは、カミソリ・パンチと称され、その強打を駆使し国内歴代2位となる33KOを記録。師匠で数多くの世界王者を育てた金平も「最もパンチ(力)があったのは海老原だ」と語るほどである。また精神力も高く、試合中に拳を骨折しながら試合終了まで耐える事もしばしばであり、海老原を含む多くの世界王者を育てた名トレーナーエディ・タウンゼントも後に「一番ガッツがあったのは海老原だった。海老原は本当の男だ」と語っている。

上記の通り、その強打からボクサーとしては致命傷とも言える7度の拳の骨折を経験した。2度目のタイトルを獲得したホセ・セベリノ戦では試合前に骨折した右拳に打ち込んだ麻酔が試合中に切れてしまった上、途中左拳も痛めたが、激痛を堪えてフルラウンド戦った。また現役最後の試合となったバーナベ・ビラカンポ戦でも試合序盤に右拳の骨折と左肩の脱臼を引き起こしたが、フルラウンド戦い抜いている。

現役引退後

引退後は協栄ジムのトレーナーやテレビ東京の解説者を務めた。1986年8月、娘を交通事故で亡くしている[1]。その後、過度の飲酒により肝機能障害を患い、1991年4月20日に51歳で死去した。原田は「俺は親の葬式でも泣かなかったが、海老原が死んだ時は泣きまくった」と大ショックを受けた。


  1. ^ マガジンハウス書籍編集部『平凡パンチの時代 失われた六〇年代を求めて』マガジンハウス、1996年、488頁。ISBN 978-4-8387-0684-6 
  2. ^ a b c d e f ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年


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