樋口健二 樋口健二の概要

樋口健二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/31 16:27 UTC 版)

ママデモ主催講座で講演する樋口健二

日本写真芸術専門学校副校長、日本写真家協会会員、世界核写真家ギルド会員[1]

経歴

長野県諏訪郡富士見町生まれ。東京綜合写真専門学校を卒業し、その後同校の助手を経てフリーカメラマンとなる[2]。1960年代より公害、労働災害、環境汚染等の問題を追う。

1964年、東京綜合写真専門学校卒業。同校助手を経てフリーへ。

1969年、四日市公害を撮影した『白い霧とのたたかい』写真展(東京、大阪、四日市、新産業都市)

1974年、国連主催世界環境写真コンテスト・プロ部門『四日市』入賞。

1983~84年、『毒ガス島』写真展(東京、大阪、名古屋キャノン・サロン、広島・平和祈念資料館)開催。

1985年、『原発』写真展、市民の手で全国開催。

1987年、ニューヨークでの第1回核被害者世界大会で日本の原発被曝の実態を報告した。スリーマイル島取材撮影。

1987年~88年、『原発』『四日市』写真展を台湾にて開催。

1988年、世界核写真家ギルド展に『原発』を出展し、ベルリンモントリオールミュンヘンニューヨークトロント他で開催。

1990年~93年、日本の報道写真家4人展『原発』出展。

1995年、英国の公共テレビ局チャンネル4のリポーターとして起用され、ドキュメンタリー『日本の原発ジプシー』を追う「隠された被曝労働 〜日本の原発労働者〜」放映。("Nuclear Ginza")において原子力発電所における労働災害を取材[3][nb 1]

2001年、核廃絶NGO「ワールド・ウラニウム・ヒアリング」(本部ドイツ)創設の『核のない未来賞』教育部門賞、日本人として初受賞。同年、『被曝実態』写真展を外国特派員協会ロビー&ギャラリーにて開催。

2005年、『日本列島1966-2005』展東京にて開催。

2006年、『憧憬富士』展を東京にて開催。

2009年~10年、日本、韓国、中国のドキュメンタリー写真展出展。

2011年、「原発被曝の実態」を全国各地域にて巡回展。第17回平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)基金賞(大賞)受賞。

2012年、『原発崩壊 1973年~2011年』受賞記念展を東京・大阪にて開催。

2011年以降、講演会多数。Washington Post (米国)、イプシロン(ギリシャ)諸外国からの取材。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2013年より~シングルマザーチーム「Mamademo」プロデュース開始。

「Mamademo」は女性の人権擁護・脱原発・被ばく・環境保護Activistチーム。樋口氏の講演・写真展・コラボ企画プロデュースをスタートし、Websiteなどソーシャルメディアを充実させる。NHK取材の際、Mamademo代表魚ずみが交渉し、福島NHKだけでの放送になるところを、NHK全国放送にて「樋口健二〜原発・被爆労働者を撮影し続けてきたフォトジャーナリスト」として放送される。

2014年、9月韓国にて初めての写真展&講演会。日韓原子力ワークショップにて講演。

2013年以降の全て Activist team『Mamademo(ママデモ)』(代表魚ずみちえこ、廣岡彩、杢大美根子~後の1/2History企画)Website作成・管理・構成・企画・プロデュース、写真パネル化、レイアウト等、すべて行う。尚、樋口の書籍・写真集及び功績を、英・台・韓・仏・独・ポーランドなど海外に広め、取材を受けるように企画をしていく。 https://kenjihiguchi.jimdofree.com/ (樋口健二Website)。 https://happymamademo.jimdofree.com/

(Mamadem Website)

2017年3月11日、樋口健二の講演を企画主催の1/2History(2分の1ヒストリー)代表 魚ずみちえこ(2013年より.樋口健二 公認写真管理人・写真パネル化)が、ドイツ、デュッセルドルフにて原発反対のデモ参加。あらゆる面での行動が樋口氏に影響をもたらす。

Sayonara Nukes Dusseldorf(代表/Bontaka高岡大伸、通訳・鹿沼和子、多数)の大きな協力のもと、エコトップその他教会にて、 樋口健二講演会と写真展(3ヶ月のロングラン)開催。続いてイギリス、ロンドンにて、JapaneseAgainstNukesの招待により、国会議事堂でも原発労働者の放射能被ばくについての講演会(樋口)と母親Activistとしての speech(魚ずみ)をそれぞれ発表。

2019年/2月~4月、 SayonaraNukesDuesseldorfによる樋口写真展開催。魚ずみ代理でスピーチ。 https://rp-online.de/nrw/staedte/duesseldorf/sayonara-nukes-duesseldorf-aktivistinnen-kaempfen-gegen-atomokraft_aid-37670363 (SND Website)

2020年1月11日~3月29日、樋口健二写真展「富士と山麓」東京都調布市PlazaGalleryにて。

2020年5月~、各地講演延期(世界的Coronavirus Pandemicにより)。

➡ドイツベル基金のWebsiteに半永久的に原発関連の写真とInterviewが掲載(交渉魚ずみ)https://www.boell.de/fukushima-ist-noch-nicht-geschichte

2020年11月13日帝京大学、八王子キャンパスにて講演。(文学部社会学科講師/木下浩一氏。武蔵大学教授・ジャーナリスト/永田浩三氏))。

2021年2月28日~3月13日江古田映画祭にて。樋口健二ドキュメンタリー映画「闇に消されてなるものか」(監督/永田浩三)上映。

2021年3月11日福島原発事故(東日本大震災)オンラインにてフランスの取材。同じく3月よりドイツSayonara Nukes Dusseldorf主催の写真展はビデオレターにて参加。

2021年6月~11月PARC自由学校にて、オンライン連続講座/「売れない写真家がみつめた日本の闇」。(PARC自由学校/ http://www.parc-jp.org/freeschool/ )

2011年の福島第一原子力発電所事故以来、樋口の仕事は注目を浴びるが[5]、日本は再稼働へと向かう。

2013年以降、Mamademo主催による講演会。

以下すべて

作家広瀬隆、反戦、反核の講壇士 神田香織、童話作家・翻訳家・反核・反戦・平和への活動でも有名な詩人 アーサー・ビナード、参議院議員・山本太郎等とのコラボによる講演会が話題を集めている。

2016年~2018年、毎年11月 小出裕章(工学者、元京都大学原子炉実験所助教授)とのコラボ講演会。地球の自然環境破壊と人権破壊を続ける巨大な権力と立ち向おうという共通点から数回開催。

2018年11月11日、Would BEYOND Warの依頼で、『Armistice 100anniversary ~WHAT IS THE WORST KIND OF DISCRIMINATION~世界最悪な差別とは!?』で、日本以外の世界へ『Poison Island 毒ガスの島』の真実を名古屋にて講演。

2018年11月、ルポライター 鎌田慧とのコラボ講演会。

『報道とは、権力のためにあらず。必ずその時の弱者に寄り添い、権力に迎合せず、事実に基づいて真実を追求することである。』『Journalism does not side with people in power, but the individuals who are in need at the time of reporting; or it panders to the authorities but it pursues and presents truths based on facts.』 (訳 魚ずみ)。

受賞歴

  • 1974年、国連世界環境写真コンテストプロ部門において『四日市』が入賞
  • 2001年、ワールド・ウラニウム・ヒアリング 核のない未来賞英語版教育部門賞受賞[6]
  • 2011年、『原発崩壊〜樋口健二写真集』で、第17回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞
  • 2022年、『フクシマ原発棄民~歴史の証人 終わりなき原発事故』で、「脱原発社会を目指す文学者の会」において、ノンフィクション部門、文学賞受賞 https://dgp-bungaku.main.jp/ 

  1. ^ このフィルムのNHKでの公開は封じられた[4]
  1. ^ 『環境破壊の衝撃1966-2007』初版(樋口健一, 2007)のカバーより
  2. ^ 樋口健二写真集『原発』 隠された被曝労働者 (Liberal Utopia 持続可能な世界へ)(2009年7月9日時点のアーカイブ
  3. ^ 隠された被曝労働 〜日本の原発労働者〜(2010年6月4日時点のアーカイブ
  4. ^ Richard Wilcox (2011年4月13日). “Testimony from Japan: "A Ship with no Captain". Evolving Coverup of a Nuclear Disaster...”. Center for Research on Globalization. 2011年4月18日閲覧。
  5. ^ Michael Alison Chandler (2011年4月10日). “In Japan, new attention for longtime anti-nuclear activist”. Washington Post. http://www.washingtonpost.com/world/in-japan-new-attention-for-longtime-anti-nuclear-activist/2011/04/05/AFMTG3GD_story.html 2011年4月18日閲覧。 
  6. ^ Kenji Higuchi, 2001 Nuclear-Free Future Education Award Recipient(2002年3月18日時点のアーカイブ
  7. ^ 南條直子


「樋口健二」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「樋口健二」の関連用語

樋口健二のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



樋口健二のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの樋口健二 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS