名古屋弁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/14 04:11 UTC 版)
発音
四つ仮名
四つ仮名については共通語と同様である。すなわち、「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の区別がそれぞれ無い。
鼻濁音
鼻濁音については、用いる地域と用いない地域が入り乱れている。しかし、若年層ではほぼ用いられていない[要出典]。
連母音の変化
aiおよびaeという連母音がaとeの中間の母音を伸ばしたもの(æː)、またはæɘ[28]に転じることがある。例えば、「…じゃない」という表現は「…だねぁ」または「…じゃねぁ」となる。よく便宜的に「にゃあ」と表記されるが、共通語の拗音とは異なる音である。また、変化するのは母音だけで子音は変化しない。例えば「とろくさい」が「とろくせぁ」となった場合、子音はʃにはならずsのままである。この連母音変化は愛知県尾張の平野部から岐阜県美濃地方にかけての地域で起こる[28]。
また、oiという連母音はオェ(øːまたはöː)に、uiという連母音ははウィ(yːまたはüː)に変化することがある[29][30][28]。前述のエァを加えると、名古屋市付近一帯は全国一の8母音をもつ地域である。
瀬戸市付近では、以上とは異なった連母音変化が起こる。瀬戸市から岐阜県の多治見市・瑞浪市付近では、「赤い」→「あかあ」など、aiがaːに変化し、uiはuːに、oiはoːに変化する[28]。瀬戸市と名古屋市の中間に位置する長久手市や尾張旭市では、名古屋式と瀬戸式の発音が混在する[28]。
なお、これらの連母音融合は、いずれも丁寧な発音では元のai、ui、oiに戻るものである[28]。
この項目では伝統的な名古屋弁を描写する観点から記述しているが、実際にはこの母音の変化は若年層の自然な会話からはほぼ失われている。高齢層においても日常的な語彙に限られ、耳慣れない語は共通語式に発音される。したがって、メディアにおけるイメージのように「カベライト」を「カベレァト」のように商品名を名古屋弁式に発音することは現実にはほとんど無い。エビフライは日常的な語彙だが、名古屋弁のステレオタイプとして有名になりすぎたためエビフレァとの発音は避ける傾向にある。
拗音
拗音の発音は共通語と同様である[31]。上記の連母音の変化したものが便宜的に拗音のように表記されることがある(例:「エビフリャー」)が、表記上だけのことである。共通語と共通する語彙にも名古屋弁独自の語彙にも拗音を持つ語はあり、それらは名古屋弁でも拗音で発音される。例えば蒟蒻はあくまでコンニャクであり、×コンネァクと発音されることはない。
音便の変化
- 形容詞連用形がウ音便短呼形(ク抜き)になる。〔例〕高くなる→たかなる(近畿方言では「たこうなる」)※ただし例外的にウ音便を保ったままの言葉も存在する。〔例〕早くに→はように、良くなる→ようなる、無くなる→のうなる、等。
- 形容詞連用形の後に動詞が続くときはウ音便を保つ。〔例〕軽く擦る→軽う擦る、大きく書く→大きゅう書く(ただし現在では共通語の強い影響で殆ど聞かれなくなった)
- サ行五段動詞がイ音便を起こすことがある。〔例〕話して→話いて(はないて)
- 上記の連母音の変化と複合して起こることもある。〔例〕話して→話ぁて(はねぁて)
- 上でもすこし触れたように「…ではない」などの「では」が一部の地域・話者で「だ」と略されることがあるが、これは「…ではない」などの「では」に限られたものであり、他の「では」または「じゃ」が「だ」に転じることはない。〔例〕ここで遊んではダメ→×「ここで遊んだダメ」とはならない。
- しかし、上記のように「だ」とはならない例でも、「では」および「じゃ」という言い方は別の言い方に変えられることが多い。〔例〕ここで遊んではダメ→「ここで遊んでかん」もしくは「ここで遊んだらかん」 〔例〕独りでは怖い→独りだとおそがい
- しばしばサ行音のハ行音化(サ行子音の弱化)が起こる。ただし近畿方言ほど明確ではない。例:「しちや(質屋)」→「ひちや」、「しちじ(7時)」→「ひちじ」、「それで」→「ほんで」、「来おせん」→「来おへん」
- 時折マ行音のバ行音化が起こる。こちらも近畿方言ほどではない。〔例〕寒い→さぶい、ひつまむし→ひつまぶし
アクセント
名古屋弁のアクセントの特徴を短く表せば、「共通語より遅れてピッチが上がり、共通語と同じ位置で下がる(ことが多い)」である。以下、共通語のアクセントについての知識があることを前提に詳述する。
名古屋弁と共通語とのアクセントの違いは次の2つに分けられる。
- ピッチの上がり目
- ピッチの下がり目
「名古屋弁らしさ」の正体は、2よりも1である。名古屋弁話者は2には自覚的でも1には無自覚なことが多いので、本人は共通語を話しているつもりでもこの特徴によって名古屋弁話者であることが分かる。俗に「イントネーションが違う」と言われるが、正確にはイントネーションではない。
共通語の語は、アクセントの核の位置によって、頭高型・中高型・尾高型・平板型の4つに分類されるが、この分類は名古屋弁でも成り立つので、以下の説明にも用いる。
ピッチの上がり目
共通語においては、単語の第1音節と第2音節は必ずピッチが異なるという規則があるが、名古屋弁ではこれが当てはまらない。共通語では、第1音節が高く第2音節が低くなる(頭高型)か、第1音節が低く第2音節が高くなるかのどちらかである。名古屋弁でも頭高型は第2音節が下がるものの、それ以外(共通語では第1音節が低く第2音節が高くなるもの)では第1音節と第2音節のピッチが同じになり、ピッチの上がり目がアクセント核の直前または第3音節の直前に来る。
型別に述べれば下記のとおりである。
- 頭高型では共通語と同様に第1音節のみが高く、以降が低く発音される。
- 3音節の中高型では第2音節のみが高く発音される。
- 4音節以上の中高型では以下の2種が認められる。
- アクセントの核のある音節の前までが低く、核のある音節のみ高く、以降再び低く発音される。この違いは複合語――アクセントの上では一語として発音される――で顕著になる。例えば「ウィキメディア財団」は、共通語では「うぃきめでぃあざいだん」と第2音節から第6音節までが高くなるが、名古屋弁では「うぃきめでぃあざいだん」または「うぃきめでぃあぜゃあだん」と第6音節のみが高く発音される。
- 第3音節目より上がって発音される。上記の例では「うぃきめでぃあざいだん」または「うぃきめでぃあぜゃあだん」。この種を採用する場合、尾高型、平板型も同様のルールとなる。
- 尾高型も中高型と同様である。例えば「男が」は共通語では低高高低だが、名古屋弁では低低高低である。
- 平板型では第1音節から第2音節までが低く、以降が高く発音される。例えば「名古屋弁が」は共通語では低高高高高高だが、名古屋弁では低低高高高高である。
ピッチの下がり目
共通語でも名古屋弁でも同音異義語を区別するのはピッチの下がり目である。下がり目の直前の音節をアクセント核と言う。一般にアクセントと言った場合、これを指す。共通語においては、動詞・形容詞の一類(言う・上がる・捨てる・赤い・危ない等)は平板に発音され、二類(打つ・動く・落ちる・早い・少ない等)は語尾のひとつ前の音節にアクセント核が置かれる(このようになる語を「起伏型」の語と呼ぶ)。しかし名古屋弁ではこの区別が一部でなくなり、一類が二類と同じように起伏型になることがある。また、終止形で平板型の動詞が、活用によっては起伏型になることがある。
アクセントの核の位置は共通語と同じ場合が多いが、下記のような違いがある。下の例で太字になっているのはアクセントの核である。
- 「何」「いくつ」「どれ」などの疑問詞は平板に発音される。共通語の疑問詞がそろって頭高型なのと良い対照を見せている。
- 「これ・それ・あれ」などの「こそあ言葉」(ドを除く)は尾高型である。
- 「何もない」などと言うときの疑問詞は、尾高型である。
名古屋弁 | 共通語 | |
---|---|---|
疑問詞 | 平板 | 頭高 |
こそあ言葉 | 尾高 | 平板 |
疑問詞+も | 尾高 | 平板 |
- 位置関係を表す名詞で平板型が嫌われる傾向がある。北、東、南、西、右、左、手前、こちら、そちら、あちら、間(あいだ)、向かい、上、下。以上は共通語では平板だが名古屋弁では尾高型である。但し共通語でも北、東は古くは尾高型であった。
- 地元の地名は平板型が好まれる傾向がある。(名古屋、岡崎、刈谷等)
- 共通語の形容詞はアクセントの点で一類と二類に分けられるが、名古屋弁ではこの区別がなく、一類は二類と同じようにすべて起伏型となる。名古屋弁の形容詞のアクセントは多くの活用形で共通語の二類形容詞と同じだが、以下の形では異なる。
- 「〜かった」という形では「か」にの核が来る。
- 「〜ければ」という形では「け」に核が来る。「〜けや」と略された場合もおなじく「け」にアクセントの核が来る。
- 形容詞の連用形の「く」が落ちた場合のアクセントの核は、最後から2つ目の音節に来る。ただし、直後に「なる」が来た場合は「なる」と繋がって「な」にアクセント核が置かれることがある。
- 「よろしく」「ありがとう」など形容詞の連用形を起源とする挨拶言葉は、元の形容詞と同じアクセントで発音される。すなわち「よろしく」「ありがとう」。
- 動詞が終止形のとき平板型になるものと起伏型になるものに分けられるのは共通語と同様だが、名古屋弁では「植える」「並べる」など3・4音節の一段動詞で共通語で平板型のものが起伏型に移行しつつある[32][33]。また、複合動詞(走り込む・申し入れるの類)はほとんどが起伏型である。ただし、複合動詞のアクセントは共通語でも近年起伏型に移行しつつある。
- 起伏型の動詞のアクセントは活用による変化を含めて共通語とほぼ同じである。
- 平板型の動詞では下記のような違いがある。
- 平板型の動詞に「て/た」がついた場合、「て/た」の直前へ核が置かれる〔例〕入れて、消した。内輪東京式アクセントの特徴である。ただし、以下の例外があり、結局この現象が起こるのは三拍以上の上一・下一段および、五段動詞のうち「消す」など一部の非音便形を使う動詞のみである[32][33]。
- 「て」の後ろに補助動詞がついた場合は、上記に関わらず平板になる。
- 平板型の動詞の連用形に「に」がついた場合、「に」の直前へアクセントが置かれる。「て/た」の場合と違ってこちらは活用の種類や行を問わない。〔例〕DVD-Rを買いに行った。
- 命令形では後ろから2番目の音節に核が置かれる。すなわち一類と二類の区別が無くなる。
- 動詞に補助動詞が付いた場合、動詞部分が平板化する。
- 動詞が起伏型であった場合――例えば「書いてある」の場合、共通語では「書いて」「ある」双方の核が残るが、名古屋弁では「書いて」の核が失われる。
- 動詞が平板型であった場合、共通語では「〜て」の形が元々平板である。名古屋弁では「〜て」の形は平板とは限らないが、補助動詞がつくと平板化する。結果的には同じになる。
- 「〜してくれ」という意味の「〜して」は、「〜してくれ」の「くれ」が略されて成立した経緯から常に平板に発音される。
- ただし、補助動詞「まう2」の前では平板化しない。
以上をまとめると下表のとおりである。見やすくするため補助動詞「まう2」や平板型で2音節で音便を起こす動詞のような例外は省いてある。赤字は共通語との相違点。共通語と異なる場合のある形のみ挙げた。終止形は共通語と同じだが参考のために挙げた。
名古屋弁 | 共通語 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アクセント 類別 |
音便 | 終止形 | +て/た | +に | +て +補助動詞 |
命令形 | 終止形 | +て/た | +に | +て +補助動詞 |
命令形 |
起伏型 | (問わない) | 後ろから 2番目 |
「て」の 2つ前 |
「に」の 2つ前 |
平板 | 後ろから 2番目 |
後ろから 2番目 |
「て」の 2つ前 |
「に」の 2つ前 |
「て」の 2つ前 |
後ろから 2番目 |
平板型 | 起こすもの | 平板 | 平板 | 「に」の 直前 |
平板 | 後ろから 2番目 |
平板 | ||||
起こさないもの | 平板 | て/たの 直前 |
「に」の 直前 |
平板 | 後ろから 2番目 |
- 東京弁(共通語ではない)と同様に、複合動詞の前半部分の動詞の核が保たれることがある。
- 名詞に複数を表す接尾辞がついた場合、核は後ろから2つ目に来る。おまえたち/おまえたあ/おまえんたあ/おまえんたらあ/おまえらあ
- 受身・可能・尊敬の助動詞「れる/られる」がついた動詞は、共通語では全体が元の動詞と同じ型で発音されるが、名古屋弁では元の型と関係なく起伏型として発音されることがある。特に尊敬の意味では「っせる/やっせる」からの類推かその傾向が強い。
- その他使用頻度の高い語で核の位置の違うものを挙げる。ハイフンの後は共通語での核の位置。
- いつも - いつも(「去年」「わざと」も同様。)
- ありがとう-ありがとう
- 〔宜しく〕:よろしく-よろしく
- 〔全部〕:ぜんぶ- ぜんぶ
- 〔靴〕:くつ - くつ(「粉」「服」「坂」「熊」「次」「場所」「だけ」「こと」も同様。)
- 〔先に〕:さきに - さきに
- 〔毎日〕:まいにち - まいにち
- 〔今から〕:いまから - いまから(「いつから」「どこから」等も同様。)
- 〔後ろ〕:うしろ - 平板(「苺」「周り」「廊下」「ところ」「カレー」「2階」「またね」も同様。)
- 〔嘘〕:うそ - うそ
- ごめんね - ごめんね
- できない - できない(「ならない」等も同様。)
- 〔名古屋〕:なごや-なごや
イントネーション
共通語より強い。疑問文の最後の音節が伸ばされ、その伸ばされた音節の前半が高く、後半が低く発音されることがある。
- なにい(何?)
- どこええ(どこへ?)
注釈
- ^ 「なーし」「なし」「のもし」「のんし」などとも言う。
- ^ 全国に広がったことのあるなもし言葉の変形。「な」はいまの「ね」にあたる終助詞+「もし」は電話の「もしもし」でも使われる疑問形。丁寧語。【例】「それはイナゴぞなもし(それはイナゴではありませんかね?)」
- ^ 「なも」からの派生語。《語尾の子音が"え"の場合》+《なも》→《えも》となる。【例「こっちぃ来やーせ」⇒「こっちへ来やーせえも」また、「ありがとえも(ありがとね)」、「あのえも(あのね)」と丁寧かつフランクな場面に用いられる。
- ^ 問いかけの言葉。【例】「ほい、これやる」「わかったぞ、ほい」
- ^ 問いかけの言葉。【例】「やい、てめー」「するんじゃねーぞ、やい」
出典
- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年、p.1
- ^ 日本放送協会編、日本放送出版協会刊『全国方言資料 第三巻東海・北陸編』でも同じ表記法を採用している
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- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』泰文堂、1971年1月1日。
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- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年、p.185-186
- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年、p.179
- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年、p.239
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- ^ a b “愛知県尾張方言における終助詞の記述的研究―「ンダッテ」を中心に―” (PDF). 高見あずさ (2010年1月1日). 2023年5月30日閲覧。
- ^ “方言の萎縮”. 名大社 (2020年6月30日). 2023年5月30日閲覧。
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- ^ 飯豊毅一・日野資純・佐藤亮一編『講座方言学 6 中部地方の方言』国書刊行会
- ^ 平山輝男編『現代方言大辞典第一巻』
- ^ 日本放送協会編『全国方言資料 第三巻東海・北陸編』日本放送出版協会
- ^ 小学館辞典編集部編『お国ことばを知る 方言の地図帳』小学館、2002年
- ^ 芥子川律治『名古屋方言の研究』名古屋泰文堂、1971年
- ^ a b c d e f 飯豊ほか編(1983)、216-218頁。
- ^ 平山輝男「全日本の発音とアクセント」NHK放送文化研究所編『NHK日本語発音アクセント辞典』日本放送出版協会、1998年4月。
- ^ 金田一春彦「音韻」『金田一春彦著作集第8巻』玉川大学出版部。
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- ^ a b c d e f 愛知県教育委員会『愛知県の方言』1989年、29-30、33-37頁。
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- ^ テレビ愛知「サンデージャーナル」2020年3月8日放送分
- ^ “和楽web 名古屋、最強にロックだぜ!「やっとかめ」から尾張名古屋300年の芸能文化を紐解く!”. 黒田直美 (2021年10月17日). 2023年3月30日閲覧。
- ^ 平成21年度第3回市政アンケート(調査結果) 名古屋市
- ^ 平成21年度第3回市政アンケート・名古屋のことばについて (PDF資料) 名古屋市
- ^ 「名古屋弁『使わない』が6割 時代の流れでやむを得ぬ…市民アンケート実施結果」 中日新聞 2009年12月3日。
- ^ “ドデスカ!あらゆるサーチ「名古屋弁の生存率を大調査」”. 名古屋テレビ放送株式会社 (2023年4月5日). 2023年4月21日閲覧。
- ^ 名古屋弁の方言一覧!語尾や例文
- ^ プロフィール 川上ミネ
- ^ 石井健 (2021年12月27日). “「開いた天井を探した時代」浅井慎平×山下洋輔”. 産経新聞 2023年4月21日閲覧。
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