八王子スーパー強盗殺人事件 犯行動機

八王子スーパー強盗殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/03 16:44 UTC 版)

犯行動機

特別捜査本部が見立てる犯行動機については「強盗説」と「怨恨説」の両面がある。一般的には「強盗説」が有力なように思われているが、先入観による偏った捜査を行えば事件解決にとって重要な情報を見逃す恐れがあり、捜査本部は予断を持たずに両面で捜査を継続している。

強盗説

犯人がナンペイ大和田店の売上金を強奪する目的で事務所内に押し入ったと推測される理由としては、以下のことが挙げられる。

  • 本事件が起こる前からこのスーパーの事務所は、何度も空き巣に入られていた。営業中は事務所の入り口に鍵が掛けられていないことが多かったという。それは夜間においても同じだった。本件スーパーは「不用心でセキュリティが甘いスーパー」として近所でも有名な存在だった。売上金をレジから金庫に移す際には、従業員が売上金をレジの引き出しごと抜き取り、スーパーの外部に一旦出てから外通路を通り、駐車場に面した外階段を登って2階事務所に入ってから金庫に保管していた。この措置はスーパーの構造上、内部を経由して2階事務所に入れないようになっていたことによる。現金を剥き出しのまま外部を経由して運んでいる様子を近所の住人らは皆が見て知っていたということからも、本件スーパーの防犯には問題があったといえる[注 4]。しかも夜間勤務を女性従業員だけに任せていたことも多く、事件当夜がまさにその状況であった。被害者であるパート従業員Aは、スーパーの防犯対策について日頃から周囲の人物に不安を漏らしていたことも明らかになっており、その不安によって一時的に店を辞めていたこともあったという。そのような状況があることから、現金強奪を目的とする犯行グループなどが本件スーパーの状況や情報を容易く掴んでいたことからターゲットとして狙われた可能性もある。本件が発生した同じ時期に、多摩地域を中心に夜間のスーパーなどの事務所を狙った短銃強盗事件が多発しており、それら事件の犯行手口が本件と非常に酷似している点からも、同じ犯行グループが関与しているのではないかとする見方もあることから強盗説が考えられている。本件は実際に夜間閉店後のスーパー事務所内で犯行が行われており、被害者3人が帰宅するために事務所を後にしたとき、外で待ち伏せていた犯人に拳銃で脅され、再び事務所内に押し戻され、被害者がガムテープで緊縛された状況がある。「日中混成強盗団」の元メンバーだった人物らの証言の中で、たびたび本件やナンペイ大和田店の話が出てきていることからも現金強奪を企てる者の間では情報が共有されていた可能性もあり、強盗説は有力だとする見方もある[11]
  • 金庫のダイヤルナンバーをすぐに割り出せなかった可能性がある。金庫には鍵が差し込まれたままになっていた。これは犯人が被害者Aを脅して金庫を開けさせようとした形跡だと考えられている。アルバイト高校生従業員2人をガムテープで緊縛し、身の自由を制限しようとしていたことも強盗をうかがわせる要素の一つである。しかし犯人は何らかの理由でAに金庫を開けさせるまでには至らず、途中で高校生2人を縛ることも止めて、短時間のうちに3人を射殺した。そのことで犯人は気が動転したのか、または犯行の計画が狂ったからなのか、すぐさま逃走を図ったという経緯も考えられる。犯人が発砲した銃弾は全部で5発である。4発は被害者を狙って発砲したが、残りの1発は金庫の扉に向かって発砲しており、銃弾は机の下から発見された。被害者3人を威嚇して制圧する目的で1発目に金庫へ発砲したと考えられているが、金庫もしくは中の現金に何らかの執着があったことで逃走直前に5発目を金庫に向けて発砲したとも考えられる。
  • 事件発生当日、スーパーの周辺では不審人物が数名目撃されていた。店内を覗き込むように見ていた中年男性、何も買わずに売場をうろついていた中年男性、スーパー前の道路を乗用車が徐行して通り過ぎるときに店内を覗き込むように見ていた運転手の男性、閉店後の外通路で車のライトが当たると顔を背けて足早に立ち去った男性、などの存在である。

怨恨説

怨恨によって被害者3人のうちの誰かを狙ったか、もしくは会社かスーパーに恨みがあったことで犯行をおこなったと推測される理由としては、以下のことが挙げられる。

  • 金庫に収められていた週末の売上金(約526万円)を犯人が直接的に盗もうとした形跡がなかった。犯人の事務所内の動線が「ほぼ1直線の単純な往復(入口から金庫の間)」で、事務所の入り口から金庫がある場所まで真っ直ぐに歩き、金庫のあたりをうろついた後、被害者が倒れていた周辺を歩き、銃撃後にそのまま入り口から出て行った。犯人は血糊を一切踏んでおらず、事務所内を縦横に歩き回った形跡はなかった。室内を物色した痕跡はなく、机の引き出しなどを開ける行為も一切なかった。被害者3人の財布や持ち物は物色されておらず、全くの手つかずで、中身が盗まれた形跡はなかった。Aは金庫の開け方を知っていた。しかも店長の机の上には金庫のダイヤルロック解除の数字を記した紙が貼られていた。Aは実際に「夜間店長」を務めており、金庫の中に売上金を保管する役目を担っていた。そのことからもAは金庫の解錠と施錠の方法は知っていた。強盗目的の場合、その状況であるならば多少の時間を要したとしてもAに金庫を開けさせることは十分に可能であった。実際に金庫には鍵が差し込まれたままの状態になっていた。なぜ犯人はAに金庫を開けさせようと仕向けずに短絡的な凶行に及んだのか。その点が最大の謎であり、怨恨説を浮上させる一つの要素になっている。
  • 被害者は3人とも脳幹を正確に撃ち抜かれ、即死状態であった。Aだけは計2発銃撃されており、至近距離から左額に1発銃撃されて射殺されたあと、さらにもう1発の銃弾を垂直方向から頭頂部に打ち込まれている。一般的には至近距離から何の躊躇いもなく頭部を狙って銃撃できる人間は多くないといわれている。無慈悲かつ冷酷な殺害方法で、明確な殺意があることは怨恨説を疑わせる最大の根拠となっている[11]
  • Aは生前にカッターナイフの刃が同封された脅迫文を送りつけられるという嫌がらせを受けていた。脅迫文は「このままだと命がないぞ」という内容だったことが警察の捜査から判明しているが、差出人は未だに不明である。Aの関係者によると、Aは気性が荒くて激しい性格だったという。飲食店に男性と訪れた際に連れの男性を激しい口調で罵倒している様子を同席した人たちにいつも見られていた。それは特定の人物ばかりではなく、他の男性に対しても同じような態度を見せていたという。また過去にはAに対して金銭を貢いでいた男性の存在もあったことが周辺の人たちには知られており、男性の金回りが悪くなり、援助が滞ったことでその男性と縁を切ったために一悶着を起こしたこともあった。それらのことからAの周辺の人物たちは事件の一報を聞いたときに「ナンペイ事件は強盗ではない。Aに恨みを持つ者の犯行に違いない」と皆が直感的に思ったという[11]
  • アルバイト高校生2人や会社(ナンペイ)、経営者、関係者などに対しては、犯行に繋がるような何らかの怨恨があったとの有力な情報は今のところはない。大和田店の事務所内は何回か空き巣に狙われていたことが確認されているが、売り場でも頻繁に万引き被害に遭っていた。店側は万引き犯に警告する意味でスーパー事務所の外階段下に「泥棒野郎へ」と題する警告文を駐車場から見えるように貼っていた。このことから大和田店に何らかの恨みがある者の存在も犯行に繋がっている可能性がある[11]

注釈

  1. ^ 捜査特別報奨金対象事件の中では大坂正明(2017年6月7日逮捕)・平田信(2012年1月1日逮捕)・菊地直子(同年6月3日逮捕)・高橋克也(同年6月15日逮捕)の指名手配犯4人に関する事件は本事件よりも発生時期が古い事件である。
  2. ^ ナンペイ大和田店の売場には、4台の防犯カメラがあったが、事務所内で映像を映すのみで録画はしていなかった。
  3. ^ この日は不審者や不審車両が数多く目撃されていたが、人物の特定には至っていない。犯行直後に「現場近くに停車し、近くの交差点を走り去る、白色の乗用車」が目撃されているが、犯行に関与したか否かも含めて人物および車の特定には結びついていない。
  4. ^ 「レジを閉めたあと、売上金をむき出しのまま、暗い駐車場を通り、事務所まで運んでいた」ことは、普段から従業員に不安視されていた。

出典

  1. ^ a b c 警視庁. “大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件”. https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/jiken_jiko/ichiran/ichiran_10/hachioji.html 2015年12月22日閲覧。 
  2. ^ “「ナンペイ」事件から21年 情報提供求め捜査続く”. テレビ朝日. (2016年7月30日). https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000080284.html 2021年2月18日閲覧。 
  3. ^ 一橋 2011, pp. 91–92
  4. ^ 一橋 2011, pp. 96–97
  5. ^ 一橋 2011, p. 95
  6. ^ 一橋 2011, p. 97
  7. ^ a b 一橋 2011, p. 99
  8. ^ 産経新聞 2013, p. 2
  9. ^ 毎日新聞 2005年7月30日 東京夕刊
  10. ^ 一橋 2011, p. 98
  11. ^ a b c d "激動!世紀の大事件Ⅴ". 報道スクープSP. 27 December 2017. フジテレビ
  12. ^ a b c 産経新聞 2013, p. 3
  13. ^ a b c “八王子スーパー射殺 中国人引き渡し支持、カナダ控訴審”. 日本経済新聞. 共同通信社. (2013年9月24日). https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2400R_U3A920C1CC0000/ 2021年2月18日閲覧。 
  14. ^ 産経新聞 2014, p. 4
  15. ^ a b “カナダ、身柄引き渡し認める 八王子事件の真相把握か”. 共同通信. (2012年9月11日). オリジナルの2015年9月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150923140324/http://www.47news.jp/CN/201209/CN2012091001002229.html 2021年2月18日閲覧。 
  16. ^ “中国人の男が控訴、カナダ 身柄引き渡し決定に”. 千葉日報. 共同通信社. (2012年9月12日). https://www.chibanippo.co.jp/newspack/20120912/100466 2021年2月18日閲覧。 
  17. ^ 産経新聞 2013, p. 1
  18. ^ 産経新聞 2014, p. 1
  19. ^ a b c 松本, 惇 (2015年2月18日). “ナンペイ事件:粘着テープから指紋 10年前死亡の男か”. 毎日新聞. オリジナルの2015年3月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150313195740/http://mainichi.jp/select/news/20150218k0000e040231000c.html 2021年2月18日閲覧。 
  20. ^ a b c “数年前病死男性と指紋特徴一致 八王子スーパー射殺事件”. 朝日新聞. (2015年2月18日). オリジナルの2015年2月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150218095225/https://www.asahi.com/articles/ASH2L43LFH2LUTIL00F.html 2021年2月19日閲覧。 
  21. ^ “【八王子スーパー強殺20年】指紋男性、拳銃と接点浮上 知人「いつでも用意できる」”. 産経新聞: p. 2. (2015年7月30日). https://www.sankei.com/article/20150730-ORCEI4L7UFPHPI77QCYIJUD4KQ/2/ 2021年2月18日閲覧。 
  22. ^ a b “ナンペイ事件 指紋“一致”の男とは? 背景は?”. テレビ朝日. (2015年2月18日). https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000044733.html 2021年2月18日閲覧。 
  23. ^ “スーパーナンペイ強盗殺人事件発生20年なぜ急展開 技術進歩と保管状況”. 夕刊フジ: p. 2. (2015年2月20日). https://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150220/dms1502201528020-n2.htm 2021年2月19日閲覧。 
  24. ^ “指紋酷似の男性にアリバイか 八王子の女性3人射殺事件”. 共同通信. (2015年2月20日) 
  25. ^ “犯人のスニーカーか、レプリカ公開 八王子ナンペイ事件”. 朝日新聞. (2018年7月17日). https://www.asahi.com/articles/ASL7K3SPRL7KUTIL00Z.html 2021年2月19日閲覧。 
  26. ^ “ナンペイ事件の拳銃と線条痕似た銃押収…11年前、組員宅で”. 読売新聞. (2020年7月21日). オリジナルの2020年7月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200722120702/https://www.yomiuri.co.jp/national/20200721-OYT1T50194/ 2021年2月19日閲覧。 
  27. ^ “後輩8割が「事件知ってる」 八王子3人射殺から15年”. 共同通信. (2010年9月18日). オリジナルの2015年9月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150923141710/http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010091801000160.html 2015年3月4日閲覧。 
  28. ^ “一人ひとりの個性を活かす「桜空祭」(桜美林中学校)”. 朝日新聞. (2009年11月12日). http://www.asahi.com/edu/student/netty/TKY200911120256.html 2015年3月4日閲覧。 
  29. ^ 大切な人を失わないために…八王子スーパー射殺事件から15年 STOP GUN ラジオシンポジウム”. 文化放送 (2010年). 2021年5月12日閲覧。






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