III.名辞、命題、論証
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/09 04:24 UTC 版)
「チャールズ・サンダース・パースによる記号の要素とクラス」の記事における「III.名辞、命題、論証」の解説
sumisign, decisign, suadisign、またはseme, pheme, delomeなどとも呼ばれた。そして伝統的な名辞、命題、論証の拡張された意味としてもみなされた。 以下は、現象学的カテゴリーによって区別された記号のタイプ分けである。そのカテゴリーは、記号の解釈項が、対象をどのように指示するかのやり方によっている。(1902年、1903年などに記述された) 名辞記号(sumisignまたはsemeと呼ばれる)は、品質という点から対象を示す記号である。それで、特定された解釈項は、特徴や標識として表現される。実際には、アイコン・インデックス・シンボルなどとして出現するのだが。名辞記号(セイム)はなんらかの目的のためにその対象を示すものとしてある。主語の場所が空白のままで残された命題は名辞記号である。しかし主語の項目自身もまた名辞記号である。パースがいうように、ある命題は、空白の名辞記号と空白の述語記号と考えられる。 命題記号(命題的記号またはphemeとも呼ばれる)は現実的存在という点から対象を指示する記号である。その特定された解釈項は、インデックス的なものとして示される。現実的にはインデックスかシンボルかであるのだが。命題記号は別々に対象(その述部の主語として)を指し示す。命題記号は「その解釈項に強制的な影響を及ぼすことを意図している」。パースは、風見鶏や写真などが命題と見なされる場合において、命題の考え方を一般化していたようだ。(それらを「命題記号」と呼んだ)従来の意味での命題は命題的シンボル(またはシンボル的命題記号)である。主張もまた命題記号である。 論証(suadisign、delomeとも)、法則または習慣の点で対象を表現する記号である。従って、その特定された解釈項はシンボル的なものとして表現される。(そして実際のところ最初からシンボルなのだが)。論証は、その特定された解釈項(論証の結論)を別々に大きく示す(monstrates)ものである。そのような大きく示された関係をすべての記号から取り除いた論証が命題記号となる。以上が、思想や記号の変化のプロセスであり、この解釈項の変化は、解釈項の自己制御をとおして解釈項の変化が導かれるように起こる。小説、美術品、宇宙はパースの用語では論証であると見なされる。 *注:彼の"Prolegomena To an Apology For Pragmaticism" (The Monist, v. XVI, no. 4, Oct. 1906)の中で、パースは 名辞記号・命題記号・論証(rheme-dicisign-argument) のタイプ分けに対して、「セイム(seme)」、「フェイム(pheme)」、「デローム(delome)」という単語を使っている(506ページ、507ページなど)、しかし、彼の存在グラフのシステムでは、述語のために「rheme」という単語を使っている(530ページ)。またパースが1903年に「インデックス」のための別の表現として「seme」を与えたことにも注意せよ。
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