那覇・糸満
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 23:58 UTC 版)
沖縄に着いた夜、司馬は島尾敏雄に会い、以前から島尾のいう琉球弧とかヤポネシアといった茫漠とした世界に共感していた司馬は「自分を日本人と規定するより倭人と規定するほうが、ずっと自分がひろがってゆく感じがする」という考えを持っていて、島尾の賛同を得る。司馬は沖縄に来るたびに、稲を植え、漁労をして暮らしていた倭人のころを想い、沖縄の町や島々に原倭人の風姿をありありと見るような思いがして、にわかに気持ちが青空へつきぬけてゆくように愉快になるのである。 南西航空のロビーのトイレの便器に排便が流されずにあったのを黄色いシャツのジーパン姿の青年が、「こんなことする人、本土の人にきまっているよ」と言った言葉から、本土資本が沖縄の土地を、札束で頬をたたくようにして買い占めているたけだけしさを連想し、日本人の海外での評判の悪さを歴史的に振り返る。 糸満にも立ち寄り、中国、朝鮮、日本などの東アジアの沿岸地方一帯にいて漁労という技術や暮らしを通して一ツ文化をもっていた安曇族に思いを馳せる。
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