賭博による解雇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 09:26 UTC 版)
2010年(平成22年)6月、一部の週刊誌で力士など関係者による野球賭博が発覚し、16代大嶽は警視庁による任意の事情聴取で賭博への関与を認めた。 同年6月27日に、一連の賭博問題を受けて設置された特別調査委員会から、除名もしくは解雇処分の勧告案が出された。翌日になって16代大嶽は日本相撲協会へ退職届を提出するも受理されず、6月29日の臨時理事会と評議員会で特別調査委員会からの勧告案が受け入れられた。これを踏まえて日本相撲協会では7月4日に臨時理事会を開催し、16代大嶽と大関の琴光喜が解雇処分となった。相撲協会は当初、野球賭博に関与したことを申告すれば厳重注意処分で済ませるとしていたものの、16代大嶽や琴光喜は発覚時点で関与を否定していたことや、二人の賭け金が他の力士に比べて多かったことなどが解雇理由となったとされている。部屋持ち親方の解雇処分は、2007年(平成19年)の15代時津風(時津風部屋力士暴行死事件)以来2人目、現役親方では16代山響以来3人目である。 角界への入門動機が賭博好きの父親から逃れるためで、当初は賭博嫌いだった貴闘力は、皮肉にも自身の賭博が原因で角界を去ることとなった。 「大相撲野球賭博問題」および「#大関・琴光喜名義での野球賭博」も参照 解雇により、大嶽の名跡は12代二子山(15代大嶽)が継承した。大鵬に離縁を申し渡され、7月5日に大鵬の三女と離婚、養子縁組も解消したために本名が「鎌刈 忠茂」に戻った。
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