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いわいのらん いはゐ― 【磐井の乱】

世紀前半北九州で起こった反乱日本書紀によれば継体天皇のとき、筑紫の国(くにのみやつこ)磐井新羅(しらぎ)と結んで任那(みまな)赴く大和朝廷軍に対抗したが、物部(もののべ)氏に平定された。畿内政権地方政権対立現れ考えられ、この乱後大和政権勢力北九州にも及ぶことになる。

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磐井の乱

読み方:イワイノラン(iwainoran)

6世紀初め筑紫国造の反乱



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磐井の乱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/18 13:02 UTC 版)

磐井の乱(いわいのらん)とは、527年継体21)に朝鮮半島南部へ出兵しようとした近江毛野(おうみのけぬ)率いるヤマト王権軍の進軍を筑紫君磐井(つくしのきみいわい)がはばみ、翌528年(継体22)11月、物部麁鹿火(もののべのあらかい)によって鎮圧された反乱または王権間の戦争。この反乱・戦争の背景には、朝鮮半島南部の利権を巡る主導権争いがあったと見られている。

磐井の乱に関する文献史料は、ほぼ『日本書紀』に限られているが、『筑後国風土記』逸文(「釈日本紀」巻13所引)や『古事記』(継体天皇段)、『国造本紀』(「先代旧事本紀」巻10)にも簡潔な記録が残っている。

なお、『筑後国風土記』には「官軍が急に攻めてきた」となっており、また『古事記』には「磐井が天皇の命に従わず無礼が多かったので殺した」とだけしか書かれていないなど、反乱を思わせる記述がないため、『日本書紀』の記述はかなり潤色されているとしてその全てを史実と見るのを疑問視する研究者もいる。




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