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かいぐん-りくせんたい 1-0 【海軍陸戦隊】
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海軍陸戦隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/02 13:33 UTC 版)
| 海軍陸戦隊 |
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|---|---|
海軍陸戦隊の軍旗 |
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| 創設 | 1929年–1945年 |
| 国籍 | 大日本帝国 |
| 主な戦歴 | 日清戦争, 日露戦争, 第一次世界大戦, 第二次世界大戦 |
海軍陸戦隊(かいぐんりくせんたい)は日本海軍が編成した陸上戦闘部隊である。単に陸戦隊と呼ぶこともある。もともとは恒常的な部隊ではなく、艦船の乗員などの海軍将兵を臨時に武装させて編成することを原則としたが、1930年代には常設的な部隊も誕生した。
目次 |
沿革
西洋諸国の海軍では、軍艦の操作を担当する水兵とは別に、戦闘を担当する海兵隊という制度を有していた。これは現在のアメリカ海兵隊のような水陸両用戦部隊ではなく、主に海上戦闘で敵艦船への強行接舷後に強行移乗・制圧を行う部隊で、補助的に陸上戦闘にも使用された。西洋式海軍の建設を始めた日本でも、当初はイギリス海軍にならい、海軍の兵科として海兵隊が置かれた。しかし、「強行移乗による制圧は時代遅れである」との声で1876年(明治9年)に廃止され、海兵軍楽隊のみが軍楽科として存続した。
他方、日本海軍では海兵隊のほかに、必要に応じて一般の水兵を武装させて陸上戦闘に充てることがあり、これを海軍陸戦隊と呼んでいた。海兵隊の廃止後は、海軍陸戦隊のみが陸上戦闘を受け持つことになり、その一般規定として1886年(明治19年)11月5日に「海軍陸戦隊概則」が定められた。海軍陸戦隊は常設でなく、艦艇の乗組員から必要に応じ陸戦隊を臨時に編成するものとされた。これに対して鎮守府などの陸上部隊の人員で地上戦闘部隊を作ることもあり、特に特別陸戦隊と呼んだ。
海軍陸戦隊は、1877年の西南戦争などでは機動力を生かし鎮圧に功績を挙げた。日露戦争では、仁川上陸作戦などの上陸作戦で陸軍を支援したほか、陸揚げした艦載砲と乗組員で臨時に編成された海軍陸戦重砲隊が、旅順攻囲戦に参加した。第一次世界大戦時にも青島攻略戦に重砲隊を参加させたほか、艦船陸戦隊と6個特別陸戦隊によるドイツ領南洋諸島の占領や、シンガポールで発生したイギリス軍インド人兵士の反乱鎮圧などに従事した。二・二六事件の際は横須賀鎮守府および艦艇の乗員で編成された陸戦隊を動員し反乱軍に対抗することが計画されたが、実施の前に反乱は鎮圧された。
また、国際的には、在外公館の警備や自国民保護には陸軍部隊ではなく海兵隊を使用することが常であり、日本も特に清国、中華民国における在外公館や居留民の保護に海軍陸戦隊が活躍した。義和団の乱では、戦闘激化直前に砲艦愛宕から派遣された25名の陸戦隊が、篭城戦での貴重な兵力となった。上海事変では上海陸戦隊が編成され大規模な戦闘に投入された。上海事変を受けて1932年には「海軍特別陸戦隊令」が制定され、上海海軍特別陸戦隊は正式な常設部隊となった。5年後の第二次上海事変でも、上海海軍特別陸戦隊を中心に多数の陸戦隊が戦った。上海での一連の戦闘は陸戦隊にとって重要な戦訓とされ、装甲車両や短機関銃の導入、市街地の警備戦闘能力の重視といった影響が生じた。
太平洋戦争では戦域が拡大するにつれ、島嶼や局地防衛の必要から、特別陸戦隊のほか警備隊や防衛隊などの名称で陸戦隊が次々と編成された。また、海軍独自の空挺部隊(1942年1月にセレベス島メナドで日本最初の落下傘降下作戦を実施し、陸軍の空挺部隊とともに空の神兵と称された。指揮官は堀内豊秋中佐。堀内中佐はその功を讃えられ、特別に昭和天皇に拝謁した。)や戦車部隊も保有した。終戦前には本土決戦に向けて艦艇部隊などの多くが陸戦隊に改編され、総兵力は10万人に達していた。
このように、日本海軍の陸戦隊は拡充を続けたものの、米海兵隊の様に陸・海軍から独立した軍種となることはなかった。太平洋戦争前に、常設の地上戦部隊として海兵隊を復活させることなどが陸戦隊関係者から提案されていたが、採用されなかった[1]。海軍内で陸戦隊はあくまで二義的な任務として捉えられ、一般的な海軍士官にとって根拠地隊などの常設的性格の陸戦隊への配置は左遷に近い扱いであった。
編制
艦船乗員による陸戦隊
海兵隊廃止後は専ら陸戦隊が海軍の陸上戦闘機能を担うこととなった。そのため、艦艇乗組員のうち必要数をあらかじめ陸戦隊要員として指定しておき、有事の際に「陸戦用意」の命令のもと武装し臨時の陸戦隊を編成した。戦隊・艦隊ごとに編成計画を定めてあり、小規模なものは単艦で編成する小隊・中隊程度の陸戦隊から、大規模なものは複数艦の陸戦隊を集めた連隊・旅団程度の「連合陸戦隊」までがあった。単艦ごとの部隊は艦名を付して「軍艦長門陸戦隊」、連合陸戦隊ならば「第一艦隊連合陸戦隊」というような呼び方をするのが通常である。
艦隊とともに速やかに派遣して警備任務を行うのに適していた。もっとも、本格的に地上戦闘訓練を受けているわけではないため、戦力として強力とは言い難かった。また、陸戦隊として行動中は艦内の配置人員が不足するため行動に支障が生じ、さらには艦船乗員として高度な技術を身に付けた水兵を消耗する恐れもあった。
なお、太平洋戦争中には、沈没艦の乗員が再編成されて陸戦隊として地上戦に投入された場合がある。その場合も、旧乗艦ごとに小隊・中隊を組織することが多かった。
特別陸戦隊
艦船乗員ではなく、鎮守府の海兵団などの陸上部門の人員によって編成する陸戦隊のことである。第二次世界大戦期のものは「特設艦船部隊令」に基づいて編成され、正式には特設鎮守府特別陸戦隊と呼ぶ。もともとは艦船乗員による陸戦隊同様に、必要に応じて臨時に編成される特設部隊であったが、中国情勢の緊迫化で陸戦隊の需要が増えたために事実上の常設部隊としての性格を持つようになった。第二次世界大戦期には上陸作戦や占領地の守備に任ずる専門の陸戦隊として運用された。
一般に、所属する鎮守府等の名称と番号を組み合わせて「横須賀鎮守府第三特別陸戦隊」(横三特)などというような部隊名で呼ばれる。特設艦船部隊定員令による模式的な編制は、本部中隊と銃隊2個中隊(各小銃4個小隊と機銃小隊)及び特科隊からなる歩兵大隊相当の編成であるが、実際の編制はかなり多様である。太平洋戦争初期には、2~3個小銃中隊と1~2個機銃中隊、砲隊を持つ1000~1500人規模の例が多かった。中には砲兵隊や戦車隊、海軍空挺部隊としての編制をとるものもあった。呉鎮守府第101特別陸戦隊に代表される「S特別陸戦隊」の秘匿名を与えられた特殊部隊も作られた。特別陸戦隊の場合も、複数が集まり、または防空隊などと組み合わされて「連合特別陸戦隊」となる場合がある。
専門の地上戦闘部隊として戦車や機関短銃などの充実した装備を保有し、陸戦隊の中では高い練度を誇る精鋭とされた。ただし、ラビの戦いに参加した特別陸戦隊には30歳以上の老兵が多かったように、必ずしも人的素質が優れているとは言えない。太平洋戦争中には、目標地点占領後に、固定的な警備隊や根拠地隊へ改編されたものも多い。
上海海軍特別陸戦隊は、鎮守府所属ではなく上海に駐留するために編成された官衙たる常設部隊である。1927年より上海に駐留していた陸戦隊(鎮守府から派遣されていた特別陸戦隊2個大隊及び戦車隊等)を、第一次上海事変の起きた1932年に独立の特別陸戦隊として整理した。通常の特別陸戦隊と比べ大規模な部隊である。人員は各鎮守府から派出された。
太平洋戦争終結時には連合特別陸戦隊11個、特別陸戦隊54個が存在した。
警備隊
占領地の防衛・治安任務のために編成された専門の陸戦隊である。特別陸戦隊と異なり機動的な運用は想定されていない。規模としては中隊から大隊相当で、純粋な陸戦隊である陸上警備科(陸警科)と、沿岸用の小型艇を持つ水上警備科(水警科)から成っていた。太平洋戦争中には特別陸戦隊などを母隊に多数が編成され、根拠地隊(後述)や各艦隊の隷下に置かれた。場合によっては若干の艦艇部隊が付属したり、港務管理を担当して小規模な根拠地隊のような機能を果たすこともあった。
部隊名称は「硫黄島警備隊」のように所在地名を冠するものと、「第9警備隊」のように番号のみのものがあった。太平洋戦争終結時には118隊があった。
防空隊
地上戦闘ではなく、基地の防空を任務とする高射砲兵部隊である。甲編制(高角砲8門)、乙編制(対空機銃24門)、丙編制(高角砲4門・機銃12門)の3種が存在した[2]。多数が編成されたが、太平洋戦争後期には全て解隊されて警備隊などに編入された。高角砲を対戦車砲に転用して地上戦に参加することも多かった。
根拠地隊・特別根拠地隊
詳細は「海軍根拠地隊」を参照
拠点を臨時の海軍基地として防衛、管理運営する組織である。根拠地隊は正式には特設根拠地隊の名称で、特設艦船部隊令にもとづいて編成される。他方、特別根拠地隊は特別根拠地隊令に基づくもので、特根と略称される。任務は近似するが編制が異なり、前者は司令官の下に参謀長・参謀・副官などが置かれた艦隊司令部類似、後者は司令官の下に副長・科長・分隊長などが置かれた軍艦類似の組織形態である。
純粋な陸戦隊ではなく、艦艇部隊や港務部・通信隊などの非戦闘的な陸上部隊を有しているが、基地防衛任務のために陸戦用の警備隊や防空隊、防備隊なども指揮下に収めていることがある。例えばビアク島駐留の第28特別根拠地隊は、第18警備隊・第19警備隊などを有した。タラワ島駐留の第3特別根拠地隊のように、根拠地隊直轄の地上戦闘員を有する場合もある。マニラの戦いの中心となった「マニラ海軍防衛隊」は、第31特別根拠地隊を基幹部隊としていた。
その他
- 鎮守府・要港部などの防備隊の一部として置かれたものもあった。
- 太平洋戦争期には、各鎮守府の海兵団から実戦機能を独立させて陸上警備隊が編成された。
- 大地震・反乱などの事件に際し、近在の海軍官衙・学校の要員で治安任務の陸戦隊を臨時に編成したこともあった。
- 太平洋戦争後期には、拠点防衛のため、通信隊や飛行場要員、設営隊などを現地で再編成して陸戦隊とした例が多く見られたが、武器も訓練も著しく不足しており戦力は低かった。部隊名称としては、所在地の地名を冠して「マニラ海軍防衛隊」というような呼称が多い。
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