江若鉄道
江若鉄道
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競輪場前駅(類型6) - 1964年3月20日廃止。 青柳ヶ浜駅(類型2) - 1969年11月1日廃止。 白鬚浜駅(類型2) - 1969年11月1日廃止。
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江若鉄道
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「国鉄キハ04形気動車」の記事における「江若鉄道」の解説
キハ41014・41023・41044・41045の4両の払い下げを受け、キハ14 - 17(14・15は2代目)として使用。連合国軍のキャンプ場および演習場が沿線にあった関係で1946年(昭和21年)にはキハ41014が入線していたこと(公式には1950年払い下げ)が確認されており、非公式ながらキハ41000形の私鉄払い下げ第1号であったと見られている。1969年(昭和44年)の路線廃止後、キハ16は御坊臨港鉄道へ譲渡されたが、残りの3両は全車三井寺下車庫で解体された。
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江若鉄道
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「国鉄1215形蒸気機関車」の記事における「江若鉄道」の解説
1922年製に導入された製造番号10302で、江若鉄道では3と称し、横荘鉄道、大阪鉄道のものと同形である。この機関車は、1935年(昭和10年)に筑前参宮鉄道(後の国鉄勝田線)へ譲渡され、そのままの番号(形式は1410形)で使用されたが、石炭庫を運転台背部に増設して側水槽も前方へ拡大し、運転台下に従輪を増設して車軸配置を0-6-2 (C1) とした。1942年(昭和17年)の西日本鉄道統合後の1944年に、この路線は戦時買収され、この機関車は2090形 (2090) となったが、ほとんど使用されず、1947年(昭和22年)に廃車となった。改番の手続きはされたものの、現車には新番号は標記されず、3のままであったようである。
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