欧陽詢とは? わかりやすく解説

おうよう‐じゅん〔オウヤウ‐〕【欧陽詢】

読み方:おうようじゅん

557〜641]中国唐代初期書家。潭(たん)州臨湘(りんしょう)(湖南省)の人。字(あざな)は信本。王羲之(おうぎし)の書法学び楷書規範をつくる。初唐三大家の一人高祖勅命によって類書芸文類聚(げいもんるいじゅう)」100巻を編集した楷書にもっともすぐれ、碑刻に「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」などがある。


欧陽詢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/19 06:06 UTC 版)

欧陽 詢(おうよう じゅん、557年 - 641年)は、儒家書家は信本。本貫長沙郡臨湘県。父は南朝陳広州刺史欧陽紇。子は欧陽愷・欧陽粛・欧陽倫・欧陽通陳寅恪の研究によると、南蛮血統[1]




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