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おうぎし わう― 【王羲之】

(307-365) 中国東晋(しん)書家。字(あざな)は逸少。隷書をよくし、行・草三体芸術的書体完成書聖と称された。その書は日本には奈良時代に伝わり、上代様成立大きな影響与えた。文章もよくし、「蘭亭序」「十七帖」などを著す。子の王献之とともに二王」と呼ばれる真跡伝存しないが、模本拓本伝えられる。


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王羲之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 04:48 UTC 版)

王 羲之(おう ぎし、Wáng Xīzhī、303年 - 361年[1])は、中国東晋政治家書家
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  1. ^ 王羲之の生没年には、303年 - 361年(『東観余論』の説)、306年 - 364年321年 - 379年303年 - 379年姜亮夫の説)、307年 - 365年の魯一同(ろ いつどう、1804年? - 1863年)の説)など諸説あるが、303年 - 361年が比較的信頼性があるとされている(比田井南谷 P.108、飯島春敬 P.56)。
  2. ^ 比田井南谷 P.110
  3. ^ 初唐の三大家三筆三跡など。
  4. ^ 「王羲之書字勢雄逸,如龍跳天門,虎臥鳳闕」(『古今書人優劣評』の原文)。
  5. ^ 西林昭一 P.106
  6. ^ a b 飯島春敬 P.57
  7. ^ a b 鈴木洋保 PP..18-19
  8. ^ しかし羲之自身は武人を志しており、中央政界での出世は、あまり望まなかったという。
  9. ^晋書』王羲之伝によると、王羲之は前任の会稽内史であった王述を軽んじていた上、彼が母の喪に服していたときも、一度しか弔問に訪ねなかったことから、王述は王羲之を恨むようになったという。また『世説新語』仇隙篇によると、王羲之は王述の母の弔問に赴くといっては、たびたび取り下げ、ようやく訪れたときも、喪主の王述が哭礼している前に進み出ず、そのまま帰ってしまうなど、王述を大いに侮辱したという。
  10. ^法書要録』(張彦遠編)第4巻に収録された『二王等書録』(張懐瓘撰)に、「右軍書大凡二千二百九十紙,裝為十三帙一百二十八卷:真書五十紙,一帙八卷,隨木長短為度;行書二百四十紙,四帙四十卷,四尺為度;草書二千紙,八帙八十卷,以一丈二尺為度。」とある(『二王等書録』の原文)。
  11. ^ 比田井南谷 P.115、PP..117 - 118
  12. ^ a b 内藤乾吉 PP..167-168
  13. ^ 沙門(しゃもん)とは、のこと。
  14. ^ 藤原鶴来 P.64
  15. ^ 顆(か)は印鑑を数える単位。
  16. ^ 中西慶爾 P.99
  17. ^ 足下行穣九人還(改行)示應決不。大都當佳。(内藤乾吉 P.169)
  18. ^ 内藤乾吉 PP..168-169
  19. ^ 比田井南谷 PP..117-118


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