東急との競合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 04:14 UTC 版)
名鉄はグループ展開を行う過程において、東京急行電鉄(東急グループ、現・東急株式会社)と激しく競合・対立していた時期がある。そのもっとも有名なものとして「全日本空輸」(全日空、現・ANAホールディングス)設立時の経営権をめぐる争いがあげられる。全日本空輸は「日本ヘリコプター輸送」(日ペリ)と「極東航空」が合併して誕生したが、当時の日ペリは名鉄が経営権を握り、極東航空は東急系列として誕生していたため、合併後の経営権をめぐって、株式や株主総会の議決権を委任する委任状の取得合戦を展開するなど、一時はお互い一歩も引かぬ総力戦の様相を呈した。やがて名鉄は争いに疲れて全日本空輸の経営権を諦めるが、近年になって東急側がグループ再編の一環として全日本空輸株の一部を名鉄側に譲り渡し、再び名鉄が筆頭株主となり中部国際空港の開港を契機として、名鉄と全日本空輸はいっそう結びつきを増している。 また、北海道東部を自社グループのテリトリーとしていた東急は、名鉄が「網走バス」の支援を決めるとさまざまな対抗策を打ち出して、名鉄の北海道進出を阻止する動きを見せた。その一つとして、名古屋の観光バス業界では老舗である「鯱バス」が経営難に陥った折、名鉄に先んじて有利な支援を次々に行った。名鉄も地元の名門を手に入れるチャンスであっただけに、熾烈な支援合戦を展開したが、結局東急は「鯱バス」をグループへ取り込むことに成功して名鉄に一矢報いている(なお鯱バスは2009年10月1日をもって東急グループから離脱しジェイ・コーチグループに入り、網走バスも2012年に名鉄グループを離脱した)。
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