日本ケミコン退社後
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しかし2002年以降は足腰の故障が続いた事も有り、2003年6月に日本ケミコンを退社した。その後故障の治療に努めながら、高橋の母校である聖和学園高校陸上部のコーチに就任となる。2005年11月に山梨県で開催された河口湖日刊スポーツマラソンで初のフルマラソンに挑戦、2時間48分36秒の平凡なタイムながらも初優勝を果たしている。二回目は2006年9月のベルリンマラソンで、2時間59分13秒で23位。三回目は同年12月のホノルルマラソンで、3時間15分56秒で23位だった。 2009年4月、千葉県の聖徳大学文学部人間栄養学科へ入学(2012年3月、同大学卒業)。2010年10月10日、自身のブログにて入籍・結婚した事を表明。 2013年5月に管理栄養士の国家試験に合格。現在は管理栄養士としてスポーツと栄養に関する講演やマスコミ媒体での営為を始め、ゲストランナーとして各地のマラソン大会などにも参加や、陸上競技教室の講師をするなど幅広い活動を行っている。 高橋と同じ1975~76年生まれの同期生では、陸上の長距離走・マラソン選手として活躍した日本女子選手には、五輪代表の川上優子・大島めぐみ、世界陸上代表の大南博美・敬美双子姉妹、小崎まり、橋本康子等がいる。1976~77年生まれでは千葉真子・土佐礼子・市川良子等の五輪代表選手がいる。また、シドニーオリンピック女子マラソン金メダリストの高橋尚子、アテネオリンピック女子マラソン金メダリストの野口みずきとも親しい間柄であった。
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