感覚の鋭さ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 02:46 UTC 版)
基次郎は非常に五感が鋭く、闇夜で一丁離れた花の匂いも判別できるほどの嗅覚であった。耳もよく、別部屋の話し声や、手紙や号外が入った音、外から戻ってくる弟の下駄の音で、その感情も解ったという。味覚も鋭く、平林英子の作った汁物にほんのちょっとだけ砂糖が入っているのも判った。 音楽好きで楽譜も読めた基次郎には、様々な生活音も音楽に聞こえた。 梶井の耳には、汽車の車輪の音も、雨の音も、鉛筆の走る音さへも、楽しい音楽に聞えたり、時には我慢出来ない音楽に聞えたりした。また彼の目は、空の色を、雲の色を、椎茜の色を、さうし[闇の色さへも見分けられた。さうしていつも楽しさうにそれを話した。 — 外村繁「梶井基次郎のこと」 クラシックやオペラが好きで、バッハやヘンデルなどの譜面を所蔵し、宝塚歌劇団にも通っていた。来日したエルマン、ハイフェッツ、ジンバリスト、ゴドフスキーなどの演奏会は、ほぼ全部聴きに行っていた。 演奏会を聴きに行くときにはいつも譜面を携えていた。曲の演奏が終わると同時に、実に巧みなタイミングで先導的に拍手を送る基次郎に、一般客は驚いて感心している様子だったという。客は基次郎の拍手の音で、初めて曲が終わったことを知り、あわてて拍手をした。 自身も歌うことが好きであった基次郎は、三高時代の寮でよく寮歌を歌った。廊下を歩きながら腹から出た野太い声で朗々と怒鳴って、三条大橋や四条大橋などの大きな橋を渡る時も、大きな声で歌いながら闊歩していたという。ベートーヴェンの交響曲なども譜面を見てよく歌っていた。 ミンミンゼミの鳴き真似も巧く、鳴き声の抑揚が真に迫っていた時はまるで本当のミンミンゼミになっているようだったという。法師蝉の鳴き方の微妙な違いを聞き分け、蝉が〈文法のけいこ〉をやっていると基次郎は表現している。
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