守山白山古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 21:39 UTC 版)
「白山社 (名古屋市守山区市場)」の記事における「守山白山古墳」の解説
前述の通り、神社の境内は全体が古墳の上にある。その守山白山古墳は、墳長95メートルを超える大型の前方後円墳である。これは付近に所在する守山古墳群の中では最大の規模を誇る。 後円部の直径は54メートルで、墳頂部に白山神社の本殿と左右に金比羅社、秋葉社の2社が祀られている。 墳丘面には、15〜20センチメートルほどの川原石を用いた葺石が見られる。 調査は、3回行われた記録が残っている。最初の調査は1967年(昭和42年)に愛知県教育委員会社会教育課(当時)から文化財保護委員会の委託事業を受けて守山区内の重要遺跡パトロールが実施され、白山古墳を含む7基の測量が行われた。2回目は1996年(平成8年)に愛知県県史編さん室が愛知県史編纂のための墳丘測量を実施している。 1999年(平成11年)にも名古屋市教育委員会による発掘調査が行われたが、埴輪の小片がわずかに出土したにすぎなかった。 出土した資料については、名古屋市博物館および名古屋市見晴台考古資料館に保管されている。 志段味古墳群が4世紀の古墳文化として注目されていたが、古墳の造成は後に庄内川流域に帯状に広がっていったとされる。その背景を読み解く上で、庄内川下流域に作られた守山白山古墳が重要な鍵になると考えられている。それは守山白山古墳の登場が庄内川下流域にも大型前方後円墳を造る勢力が現れ、下流域一帯の社会をまとめるようになったことを示しているからである。 被葬者についてはわかっていないが、墳丘上に祀られる白山社の祭神が女神であることから、女性の被葬者であると推測する説もある。
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