奈良県・橿原市指定文化財とは? わかりやすく解説

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奈良県・橿原市指定文化財

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/28 01:29 UTC 版)

今井町」の記事における「奈良県・橿原市指定文化財」の解説

橿原市今井まちなみ交流センター甍(はないらか)」 (県指定有形文化財) - 旧高市郡教育博物館1903年明治36年)に建てられ社会教育施設として、重要文化財旧帝国奈良博物館本館に次ぐものであるその後1929年昭和4年)より今井町役場として使用されていた。現在は、今井観光案内拠点となっており、今井町の歴史詳しくわかりやすく解説する資料集め展示している。展示コーナー映像シアター今井町ジオラマ模型図書閲覧室町並み保存運動紹介のコーナーがあり、今井町の歴史さまざまな角度から知ることができる。入館無料月曜日祝日場合翌日年末年始12月25日1月5日休館有料駐車場完備丸田家住宅(県指定有形文化財) - 旧上田家で、屋号を「壺八」といい、肥料商を営んでいた。主家1805年文化2年)の再建とみられるが、他の建物は、主家より約50年さかのぼるとみられている。主屋隠居部屋内蔵倉庫作業場の5棟が奈良県指定有形文化財非公開山尾家住宅(県指定有形文化財) - 山尾家は、十市郡新堂村より移住したので「新堂屋」の屋号で、両替商営んでいた。「今井しんどやは大金持ちや 金の虫干し玄関までも」と言われるほど栄え幕末には、町年寄務めた明治天皇今井行幸随行した木戸孝允投宿した主屋座敷内蔵隠居所、東蔵の5棟が奈良県指定有形文化財。 旧常福寺観音堂(市指定文化財) - 1613年慶長18年)の建立慶長18年7月16日癸丑棟札残っている。1681年天和元年天台宗多武峯妙楽寺末に属して本尊十一面観世音菩薩である。橿原市今井町3丁目162 春日神社内にある。 旧常福寺表門(市指定文化財) 順明寺表門(市指定文化財) - 浄土真宗本願寺派寺院で、1626年寛永3年)第10多田了恵が新賀庄より今井移ったとされ、「北の御堂」と呼ばれている。また庫裡西方には「上段の間」を付設した座敷増設されており、1891年明治24年11月英照皇太后畝傍御陵参拝の際に宿泊し御座所になっている

※この「奈良県・橿原市指定文化財」の解説は、「今井町」の解説の一部です。
「奈良県・橿原市指定文化財」を含む「今井町」の記事については、「今井町」の概要を参照ください。

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