双葉山定次とは?

双葉山定次 ふたばやま さだじ

双葉山定次の肖像 その1
明治45年2月9日昭和43年12月16日19121968

大分生まれ力士昭和2年(1927)立浪部屋入門11年1936前頭三枚目から連勝続け12年(1937)1月、第35横綱昇進右四つからの上手投げ無類強さ誇り14年(1939)初場所まで前人未到69連勝記録した。幕内27668敗1分33休。20年(194511月引退年寄時津風襲名32年(1957)には日本相撲協会理事長就任し、戦後角界復興改革尽力した。

キーワード その他
号・別称 時津風(ときつかぜ) , 穐吉定次(あきよしさだじ)

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

双葉山定次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/08/07 03:36 UTC 版)

双葉山 定次[2](ふたばやま さだじ、1912年2月9日 - 1968年12月16日)は、大分県宇佐郡天津村布津部(現:大分県宇佐市下庄)出身の元大相撲力士。第35代横綱。本名は龝吉 定次(あきよし さだじ)。




  1. ^ 『相撲』2012年8月号83頁の記事では、当時を知る写真館の店主である工藤明が「双葉山関も写真が大好きで、ウチへはそれこそありとあらゆる写真を取りに来て下さった。」と証言している。
  2. ^ 「双」は「雙」の略字だが、番付では初土俵のときの誤記とおぼしき「二葉山」以外は全て「双葉山」と表記されていた。
  3. ^ a b c d e f g 【大相撲豪傑列伝】(11)69連勝のかげに身体障害あり 双葉山定次 産経新聞 2008.12.6 16:29
  4. ^ 双葉山自身は著書『相撲求道録』の中で、友達と遊んでいる最中に目を傷めたのだが、吹き矢が当たったためということについてははっきりとした記憶がないとしている。
  5. ^ a b 『相撲』21ページ
  6. ^ 石井代蔵『巨人の素顔〜双葉山と力道山〜』(講談社)
  7. ^ a b 『私の履歴書 最強の横綱』
  8. ^ a b c d 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)15ページから17ページ
  9. ^ 『双葉山の世界』豊の国宇佐市塾
  10. ^ 『相撲』34ページ
  11. ^ a b 『相撲』25ページ
  12. ^ 1933年5月場所などは4勝のうち3勝がうっちゃりによるものだった。
  13. ^ 『相撲』35ページ
  14. ^ この場所中に祖母が死去したこともあり、悲しみを乗り越えるために猛稽古に取り組んだ成果とも取れる。
  15. ^ ただし、直後の大日本相撲選士権大会や10月の大阪大場所では玉錦に敗れている。
  16. ^ 不戦勝1回を含む。
  17. ^ 昭和以降に大関へ昇進した力士で大関在位期間が全勝だったのは双葉山のみである。なお、大正時代には栃木山守也が2場所20戦を19勝1預で横綱に昇進している。
  18. ^ a b c 『相撲』22ページ
  19. ^ 『相撲』26ページ
  20. ^ a b 『大相撲中継』2017年5月27日号16-17頁
  21. ^ これが遠目には安藝ノ海が右外掛けを掛けたかのように見えたため、翌日の各新聞は「安藝ノ海の右外掛け」と誤って報じた。ニュース映画を見て誤報であることは明確になったが、当時ベテラン記者の彦山光三は「レンズと言えども正確とは言えんよ」と言って自説を譲らなかったという。
  22. ^ 『相撲』28ページ
  23. ^ これ以降、2017年3月場所終了時までにこの記録を超えた力士は現れておらず、超えることは出来ていない。近年では2010年白鵬翔が63連勝を挙げたが、あと一歩及ばなかった。
  24. ^ 27代木村庄之助『ハッケヨイ 残った』1994年 東京新聞
  25. ^ 『相撲』36ページ
  26. ^ 12日目に2敗力士がいなくなり、番付上位者優勝制度のために東正横綱の双葉山の優勝が確定。優勝決定戦がある現行制度に照らせば13日目での優勝決定だったことになる。
  27. ^ 現在でも年寄名跡継承などの点から親方の娘との結婚が見られる。
  28. ^ 白鵬が連続全勝優勝の記録を更新するまで大鵬(3回)、千代の富士貴乃花朝青龍も2場所連続全勝優勝を記録した。
  29. ^ 屋外での開催となるため、翌年1月場所を前倒しで開催。
  30. ^ 正確には幕下までは13尺土俵で取っている。
  31. ^ ちなみに時津風部屋は、現在でも「双葉山相撲道場」の看板を正式な部屋名と共に掲げている。北葉山が入門する際、「時津風部屋はどこですか?」と聞いても誰も知らず、「“道場”ならそこだよ」と教えられたという。
  32. ^ のちに天龍源一郎も、土俵上ではなかったが日大講堂となった旧国技館で断髪式を行っている。
  33. ^ 璽光尊こと長岡良子も逮捕後の精神鑑定の結果、「誇大妄想性痴呆症」と診断されて食糧管理法違反も違法なしと判断、不起訴となった。
  34. ^ 「自分本位では成り立たぬ」 元時津風理事長の内田勝男氏(78)(2/4ページ) 産経ニュース  2016.1.2 22:19
  35. ^ 「自分本位では成り立たぬ」 元時津風理事長の内田勝男氏(78) (3/4ページ) 2016.1.2 22:19
  36. ^ 日本辞典
  37. ^ スポーツ・グラフィックナンバー 『熱血!名力士列伝 怪力・異能・土俵の鬼』〈文春文庫〉(原著1993年2月10日)。ISBN 4-16-810821-X
  38. ^ 『相撲』33ページ
  39. ^ 『股関節を動かして一生元気な体をつくる』刊行記念鼎談 内田樹(合気道)×元・一ノ矢(相撲)×安田登(能楽)――伝統文化の身体を語る 実業之日本社 2013.07.18
  40. ^ 『相撲』19ページ
  41. ^ 取り直し制度導入以降の当時最高勝率だった。ただし、白鵬は2007年7月場所から2014年1月場所現在までの横綱在位39場所で525勝60敗(勝率.897)で、双葉山の勝率を現在のところ上回っている。
  42. ^ 全勝8回は当時の最多記録。年6場所制となってからは大鵬と並んで歴代2位タイ、2015年現在の最多は白鵬の10回。
  43. ^ なお双葉山生家付近に「二葉山神社(ふたばやまじんじゃ)」という神社があるが、これは地元に江戸時代以前から存在していた神社である。
  44. ^ 小坂秀二『わが回想の双葉山定次』(1991年9月 読売新聞社)304頁
  45. ^ 池田雅雄の証言では、結婚するまで童貞だったという意味ではなく、一度も八百長をしなかったからそう呼ばれたのだという(工藤(1991)、166頁)。
  46. ^ 工藤美代子は双葉山に関する取材を澄子に試みようと何回か手紙を出したが返事が無く、止む無く断念したという経緯を明かしている(工藤(1991)、183頁)。
  47. ^ 1936年5月場所〜1937年1月場所は11戦全勝、1937年5月場所〜1938年5月場所は13戦全勝。
  48. ^ 1939年1月場所は13日制。
  49. ^ 蓄膿症により全休
  50. ^ 1分
  51. ^ 脇腹疼痛により12日目から途中休場
  52. ^ アメーバ赤痢により7日目から途中休場
  53. ^ 面疔により2日目から途中休場


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