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いとう-じゃくちゅう 【伊藤若冲】
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伊藤若冲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 09:39 UTC 版)
伊藤 若冲(いとう じゃくちゅう、 正徳6年2月8日(1716年3月1日) - 寛政12年9月10日(1800年10月27日))は、近世日本の画家の一人。- ^ 英語表題 :"Rooster and Hen with Hydrangeas".
- ^ 大典顕常 「若冲居士寿像の碣銘」、『小雲棲稿』巻九。
- ^ 居士 :在家の仏教信者のこと。
- ^ 平賀蕉斎 『蕉斎筆記』。ただし、この逸話はこの後の錦市場に起こった事件を元に、作り変えられた話と考えられる(福士雄也「伊藤若冲に関する史料について (「美術に関する調査研究の助成」研究報告) 」、『鹿島美術財団年報』27号所収、2009年。佐藤康宏『もっと知りたい伊藤若冲 - 生涯と作品 改訂版』69頁など)。
- ^ 明和8年(1771年)12月22日から9年2月晦日までと、明和9年12月22日から安永3年(1774年)9月30日までの事跡が記録された『京都錦小路青物市場記録』(2冊、京都大学蔵)を研究した論文、宇佐美英機「京都錦高倉青物市場の公認をめぐって」、中村勝責任編集『市と糶』所収、中央印刷出版部、1999年。美術史家がこの論文に、若冲に関する重要な論考が含まれているのを知ったのは、2008年3月出版『新修茨木市史 第9巻 史料編 美術工芸』で奥平俊六の紹介による。
- ^ 若冲はいざという時は、農民に天領の住人が含まれているのを口実に幕府評定所への出願も覚悟し、累が及ばないように「ヒラ」の町人になって活動する決意であった。
- ^ 特別展図録「若冲ワンダーランド」収録の宇佐美英機の論文より。辻惟雄はこれを受け、これまでの「おたく(ここでは狭義。日本で言うところの、社交性に乏しい、内に籠もりがちな趣味人)」のように語られてきた若冲観を見直す必要があると述べている。
- ^ なお、大岡春卜は狩野派の絵本の出版を通して、その図像・画法の普及に貢献した人物である。
- ^ 中国の宋代および元代の絵画の総称。日本では特に鎌倉時代から室町時代にかけて伝えられた院体画・水墨画・仏画などを指す。
- ^ 明和5年(1768年)版は大西酔月、円山応挙についで3番目。安永4年(1775年)と天明2年(1782年)の版では応挙の次で2番目。
- ^ 英語表題 :"the God of Longevity and Wisdom".
- ^ 同工異曲 :[日本美術用語] 同じ拵(こしら)え(同じ技法、同じ技量)であるが、趣きが異なること。
- ^ http://www.panacheprivee.com/Arts_Culture/Etsuko_and_Joe_Price_Collection.asp
- ^ 床貼付絵 :[日本美術用語] とこはりつけえ。床壁貼付絵、床貼付とも称する。床の間の壁面に貼り付けた絵。
- ^ 現在、中幅の「釈迦如来像」はクリーブランド美術館蔵。左右の「文殊・普賢菩薩像」は静嘉堂文庫蔵。
- ^ 佐藤康宏 「若冲・蕭白とそうでないもの」、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部美術史研究室編 『美術史論叢』26号所収、2010年。また同論文では、若冲の代表作として紹介されることが多いプライスコレクションの「鳥獣花木図屏風」を、動植物の形態が単純化し緊張感に欠け若冲らしさが失われている事、彩色も「樹花鳥獣図」より丁寧であるが桝目内部の彩色に一貫性がなく、グラデーションを用いず桝目に沿って塗り分けされるといった単純な手法で「白象群獣図」の彩色論理を全く無視した図案化・装飾化が見られることから、作者不明の模倣作(若冲の落款や印章はないので贋作ではない)としている。
- ^ 筋目描き :墨が滲みやすい画箋紙に墨を落とし、滲んだ墨と墨の接点(境目)に白く残る線を利用する画法。
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