ポジティブフィードバックとスイッチ的な活性化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 06:13 UTC 版)
「G2期」の記事における「ポジティブフィードバックとスイッチ的な活性化」の解説
このポジティブフィードバックループによって、サイクリンB1のレベルに対するCDK1の活性はヒステリティックな双安定性を持つスイッチのような応答を示す。このスイッチによって、サイクリンB1の濃度がある特定の範囲にあるときには2つの異なる安定平衡状態が存在することになる。一方の平衡状態は間期の状態に対応するもので、サイクリンB1/CDK1複合体とCdc25が不活性状態であること、Wee1とMyt1の活性が高いことで特徴づけられる。もう一方の平衡状態はM期の状態に対応するもので、サイクリンB1/CDK1とCdc25の活性が高く、Wee1とMyt1の活性が低いことで特徴づけられる。この双安定性領域では、細胞の状態はその細胞が以前に間期であったかM期であったかによって決定される。M期への進行が起こる閾値となる濃度は、既に間期から脱出した細胞がM期を維持するために最低限必要な濃度よりも高い。 このG2期からM期への移行時の双安定性に対しては、理論的・実験的な検証が行われてきた。Novak-Tysonモデルによって、サイクリンB/CDK1-Cdc25-Wee1-Myt1からなるフィードバックループをモデル化した微分方程式から、サイクリンBが特定の濃度範囲にあるときに2つの安定平衡状態が生じることが示された。実験的には、内在性のサイクリンB1の合成を停止させ、間期とM期の細胞へ非分解性のサイクリンB1をさまざまな濃度で滴定することで検証が行われた。その結果、M期への進行が起こる閾値濃度はM期を脱出する閾値濃度よりも高いことが示された。間期の細胞では核膜の解体はサイクリンB1が 32–40 nMの濃度に達した際に起こるのに対し、M期の細胞では 16–24 nM以上の濃度では核膜は解体されたままであった。 このヒステリティックな双安定性スイッチは、少なくとも3つの理由から生理学的に必要である。まず、G2期からM期への移行のシグナルによって染色体凝縮や核膜の解体といった細胞の形態に顕著な変化が生じるいくつかの過程が開始され、分裂中の細胞でなければ生存できない状態となる。そのため、サイクリンB1/CDK1の活性化はスイッチ的に起こることが必要不可欠である。つまり、移行後は迅速にM期の状態へと納まる必要があり、中間的で連続的な状態(核膜が部分的に解体された状態など)にとどまるべきではない。この要求はCDK1活性の間期とM期の間のシャープな非連続性によって解決されており、サイクリンB1の濃度が活性化の閾値を越えると、細胞は迅速にM期の平衡状態への切り替えを行う。 次に、G2期からM期への移行は一方向的に、細胞周期に一度だけ起こることが重要である。生物学的な系は本質的にノイズが大きいが、閾値付近でのサイクリンB1濃度の小さな変動によって間期とM期の間を行き来するようなことが起こってはならない。これもスイッチの双安定性によって保障されており、M期状態への移行が起こった後は、サイクリンBの濃度が少し低下したとしても間期への逆戻りは起こらない。 最後に、細胞周期が継続されるためにはサイクリンB1/CDK1の活性の持続的な振動が必要である。ネガティブフィードバックはこの長期的な振動に必須な要素の1つであり、サイクリンB1/CDKはAPC/Cを活性化することで中期以降でのサイクリンBの分解を引き起こし、CDK1を不活性状態にする。しかし、単純なネガティブフィードバックループで起こるのは減衰振動であり、最終的には定常状態へ落ち着くこととなる。しかし、ネガティブフィードバックループが双安定性ポジティブフィードバックループと組み合わされることにより、長期間の細胞周期に必要な持続的で非減衰型の振動(弛張発振(英語版))がもたらされることがモデリングから示されている。
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