シード分け
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 06:15 UTC 版)
「1990 FIFAワールドカップ」の記事における「シード分け」の解説
大会シードの6チームは1989年12月7日に発表された。各シードは1986 FIFAワールドカップの成績を考慮して決定され、残りの18チームも併せて6チームごと4つのグループに振り分けられた。 第1シードには開催国のイタリアが選ばれ開催都市としてローマが割り当てられた。第2シードには前回優勝のアルゼンチンが選ばれ開催都市としてナポリが割り当てられた。第3シードにはブラジルが選ばれ、開催都市としてはミラノを希望していたがトリノが割り当てられた。第4シードには西ドイツが選ばれ、開催都市としてはドイツ人観光客の多いヴェローナを希望していたが代わりにミラノが割り当てられた。第5シードのベルギーはヴェローナでの開催が割り当てられた。第6シードにはイングランドが選ばれたが、多くの専門家からはスペインが第6シードに値するチームと考えられており意外な結果として受け止められた。イングランドがシードに選ばれた理由としては、フーリガン対策のためにサルデーニャ島のカリャリにチームと暴力的サポーターごと隔離するためだと推測されたが、スペインのルイス・スアレス監督は「イングランドをカリャリに隔離することを望む者の計略のために、我々は欺かれたと感じている」と主張した。 シードポット1ポット2ポット3 イタリア (1st) アルゼンチン (2nd) ブラジル (3rd) 西ドイツ (4th) ベルギー (5th) イングランド (6th) カメルーン コスタリカ エジプト 韓国 アラブ首長国連邦 アメリカ合衆国 コロンビア チェコスロバキア アイルランド ルーマニア スウェーデン ウルグアイ オーストリア オランダ スコットランド スペイン ソビエト連邦 ユーゴスラビア
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