キリスト以外の復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/18 19:09 UTC 版)
「復活 (キリスト教)」の記事における「キリスト以外の復活」の解説
新約聖書には、キリストの復活のほかにもいくつかの復活の記事がある。 福音書はイエスが行った復活の奇跡として、会堂司の娘の復活(マタイによる福音書9: 18 - 26)、ラザロの復活(ヨハネによる福音書11章)の復活に言及している。 伝統的なキリスト教では、これらの復活とキリストの復活とを分けて考える。これらの復活した人々は、その後また自然の死を迎えたのであり、罪と死に対する勝利をもたらす唯一の復活である、十字架につけられたキリストの復活とは次元が異なると捉えられる。 正教会におけるラザロの復活のイコンでは、墓から出てきたラザロの前にいる人々のうちに鼻を手で覆っている者が描かれるが、これは死臭を避けているのであるといわれる。ラザロは、自分の身体、それも死後4日間経って腐りかけている肉体のうちに意識を取り戻したのであり、この肉体自体は、またいつか朽ちて眠りにつくのである。 しかしながらこれらの復活は、確かに次元は全く異なるものではあるものの、イエス自身の復活を明白な形ではないにせよ予告するものであったともされる。墓から出たラザロは、イエスの呼びかけによって死から救われる者の姿を具体的に象徴しているとされる。さらにラザロの復活は、エゼキエル書(37: 1 - 14)における枯れた骨の復活にみられるように、万人の復活を証明する奇蹟であるとも説明される。 使徒言行録では、使徒たちが復活の奇跡を起こしている。ペトロがタビタを甦らせた記事(使徒言行録9: 40)、パウロが転落した若者を甦らせた記事(20: 9 - 12)がある。 最後の審判の前には、全ての人の復活が起きるとされている。
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