電車図鑑(会津鉄道) |
AT-500型
AT-500型主要諸元
| 項目 | AT-500(更新車両) | AT-100(現在の車両) | 更新車両の機能 | |||
| トイレ付き | トイレ無し | トイレ付き | トイレ無し | |||
|
車両寸法 (mm) | 長さ | 18,500 | 16,500 | 現在の車両より2,000mm長い | ||
| 幅 | 2,800 | 2,700 | +100mm | |||
| 高さ | 4,085 | 3,845 | +240mm |
旅客定員 (人) | 座席 | 47 | 52 | 46 | 50 |
座席前後間隔が30mm 左右間隔15mm広い |
| 立席 | 63 | 63 | 50 | 50 | ||
| 合計 | 110 | 115 | 96 | 100 | トイレ付き+14人・トイレ無し+15人 | 車両重量(空車 t) | 30.5 | 30.3 | 25.7 | 25.2 |
| エンジン出力(馬力) | 350×1台 | 250×1台 | 100馬力アップ | |||
| 最高速度(㎞/h) | 95 | 85 | 10㎞/h高い | |||
| 冷房装置 | 31,000Kcal | 22,000Kcal | +9,000Kcal | |||
| 暖房装置 | 44,000Kcal | 38,400Kcal | +5,600Kcal | |||
| 変速機 | 種類 | 液体変速 | 液体変速 | |||
| 変速段数 | 変1、直結3段自動変速 | 変1、直1手動切替 | 4段自動切替のためスムーズな加速力 | |||
| 台 車 | 駆動軸 | 2軸駆動 | 2軸駆動 | |||
| 台車種類 | 空気バネ | 空気バネ | ||||
| 自動列車停止装置 | ATP-Ps | ATS-Sn | ATP-Ps速度照査機能付(保安度向上) | |||
| バリアフリー対策 |
●トイレは、中で車椅子が 方向転換できる広さ確保 ●車椅子スペースを確保 ●車内に次の駅名表示 ●音声により次の駅名案内 ●ステップとホーム間に 車椅子で乗り降りでき るように渡し板を搭載 | 特になし | ||||
ウィキペディア |
東北本線優等列車沿革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 16:34 UTC 版)
(ふるさと列車 から転送)
東北本線優等列車沿革(とうほくほんせんゆうとうれっしゃえんかく)では、東北本線・常磐線を運行していた特急列車・急行列車等のうち、青函連絡船あるいは津軽海峡線を介して本州対北海道輸送に資していた東京 - 青森 - 北海道間輸送列車、東京対東北都市間輸送に資していた東京 - 東北都市間輸送列車の沿革を記載する。
- ^ 201・202列車は戦前の東北本線・常磐線を代表する列車となり、さらに1935年10月からは1934年12月のダイヤ改正で東北・北海道の各線から廃止された1等寝台車の代用として2等寝台車の一角に「特別室」と呼ばれる1等寝台車に準じた設備を持つマロネ37480→マロネ38形を連結したが、ダイヤ改正で同列車に連結されていた洋食堂車は東北本線経由103・104列車および奥羽本線経由405・406列車と同じ和食堂車に変更され、東京以北から洋食堂車の連結列車が消滅した。
- ^ 2等寝台車・和食堂車も連結、急行列車並みの停車駅で急行料金不要の速達列車として運転された。
- ^ 1958年(昭和33年)の特急「はつかり」登場までの18年間破られない所要時間記録であった。
- ^ 当初は東北本線、後に常磐線経由。
- ^ 東京発着もしくは経由して東北方面行き旅客列車の運行は、この時が初めてである。
- ^ 仙台以北は不定期の2103・2104列車。
- ^ 台風の影響で実際の運行開始は10日からとなった。
- ^ 1957年10月1日のダイヤ改正で「あさかぜ」用食堂車のオシ17形への置換えによる余剰車。
- ^ 博多 - 吉塚 - 香椎 - 酒殿 - 志免 - 吉塚 - 博多で方向転換に1時間16分を要した。
- ^ 当初は一方向き固定クロスシートを回転式クロスシートへ改造して「かもめ」へ戻す予定であった。
- ^ 1列車(下り「はつかり」)牽引のC62は尾久から別途回送。
- ^ 1966年春以降DD51に置換え。
- ^ 「北斗」の愛称は函館 - 旭川間昼行特急列車に転用。詳細こちらを参照。
- ^ C62が牽引する最後の特急列車として鉄道撮影家から人気を集め、後年に興る「SLブーム」のはしりとなった。
- ^ 1967年10月以降は水戸 - 盛岡ED75・盛岡 - 青森DD51重連に変更。
- ^ キハ81系の転用改造日程の都合によりダイヤ改正に先立ち9月9日から「はつかり」に投入。
- ^ 昼行は「三陸」時代に引き続いて支線区直通列車を併結。
- ^ 上野 - 青森間運行列車の愛称としては一旦消滅するが、1970年(昭和45年)9月まで、上野 - 原ノ町 - 陸中花輪 - 弘前間等を運行する列車に転用。
- ^ 14系客車初の特急運用。
- ^ 「あけぼの」と共通運用。
- ^ 車掌補が廃止され、寝台のセット解体が外部に委託されたため。
- ^ 当時の上野駅発着の定期急行列車に使用された車両は昼夜問わず普通車が「4人掛け固定クロスシート」の車両ばかりだったので季節列車=準定期列車に該当する本列車への「2人掛け簡易リクライニングシート」を装備する特急用14系客車投入は衝撃的であった
- ^ これにより「十和田」2号(下り・上り)は北海道の「狩勝」下り4号・上り3号、山陰の「だいせん」下り2号・上り3号と共に寝台車の比重が高い全車全席指定の編成となり、市販の時刻表でも「寝台列車」という表記がされるようになった
- ^ 事例として「はつかり1号」が30分程度所要時間が延伸。
- ^ ただし、車両運用・故障・検査時には在来型客車が投入されたケースがある。
- ^ 翌1989年(平成元年)から定期列車に昇格。
- ^ 1968年10月1日ダイヤ改正以来26年ぶりにブルートレインとして復活となった。また、同時期に廃止した「あさかぜ1・4号」から転用した1人用個室A寝台「シングルデラックス(DX)」を連結。
- ^ 最終運転日である11月30日の「はくつる」は「さよならはくつる」に列車名を変更して運転。
- ^ 青森県内の東北本線は青い森鉄道に移管。
- ^ 1号車(上野側)イラストマーク、6号車(青森側)文字マーク。
- ^ 車両落成の関係で実施は同年12月から。
- ^ 臨時列車は気動車列車が残存。
- ^ 表定速度は89.7km/hで、1978年まで在来線最速を誇った。
- ^ 共通運用となる奥羽本線特急「やまばと」での板谷峠通過対策上MT比2:1ならびに磐越西線特急「あいづ」でのホーム有効長の制約による。
- ^ 「みやぎの」はこれ以降臨時列車で運行されたことが数回ある。
- ^ 西那須野・黒磯・須賀川・本宮・二本松・岩沼・水沢・花巻が対象。
- ^ 下りは同日夜の上野 - 仙台間急行「新星」で運行。
- ^ 以後の経緯詳細は陸羽東線#過去の優等列車参照。
- ^ 一ノ関まで盛直通の準急「むろね」を併結。
- ^ 以前より安積永盛・須賀川・矢吹に停車していた。
- ^ 以後の経緯詳細は八幡平 (列車)参照。
- 1 東北本線優等列車沿革とは
- 2 東北本線優等列車沿革の概要
- 3 東北諸都市間相互の優等列車
- 4 列車愛称の由来
ふるさと列車に関連した本
- 私の太宰 その魅力 長部日出雄他 東奥日報社
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