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JR

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JR

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/07 14:01 UTC 版)

JRグループ共通ロゴ(JRマーク)

JR(ジェイアール、: Japan Railways[1])は、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化により発足した、北海道旅客鉄道東日本旅客鉄道東海旅客鉄道西日本旅客鉄道四国旅客鉄道九州旅客鉄道日本貨物鉄道、以上の鉄道事業者を中心とした企業群の総称である。また、企業群における個別の会社に対する略称・通称(例:「JR東日本」)としても用いられる。

1987年(昭和62年)4月1日に、国鉄から地域または分野別に事業を継承した12(その後、合併等によって数は変化している)の法人で構成されている。

国鉄の英文字略称が「JNRJapanese National Railways)」であったことから、「国有」を表すNを除いて「JR」とした、と説明されることもあるが、実際には「NR」(Nは日本=Nihon、Nipponの頭文字)などの案も検討されていた[2][3]

JRグループ

各事業者・法人の総称としてはJRグループとも呼ばれるが、このグループは概ね以下の3種に分類される独自の資本体制に依拠した法人の総称で(次項「#民営化から現在までの状況」も参照)、なおかつ資本体制に関わらず経営はそれぞれ独立しており、グループを代表して各社を統括する持ち株会社および統括会社は存在しない[4]。なお従来は会社相互間の株式持ち合い関係も存在しなかったが、現在は純粋民間会社となった4社の間で持ち合いが行われている[5]

このような分散的なグループ体制に起因して、営業施策や経営戦略等において各社の独自性が極めて強いのが特徴であるが、一方で旧国鉄から引き継いだ鉄道ネットワークの一体性にも利用客への利便性という観点からある程度配慮されており、列車の相互乗り入れや運賃・乗車券制度の事実上の共通化等を通じた広域的な連携・協調・協力体制も構築している。

JRグループには、6つの旅客事業会社と1つの貨物事業会社、鉄道の研究機関(公益財団法人)やコンピュータシステムを担当する会社があり、旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(JR会社法)を設立根拠とする会社と対象外の会社が混在している。そのうち旅客事業を担当する会社は、それぞれJRバスJRホテルグループに属する会社のほか、駅ビルや飲食店などを運営する各種子会社・関連会社を傘下に収めている[6]。またJR貨物に関しても、臨海鉄道会社や物流会社などを傘下に収めている。

JR系の社員の健康組合は、概ね「JRグループ健康保険組合」の加入となる。

JRの駅などに掲示されるデスティネーションキャンペーン青春18きっぷのポスター、そして交通新聞社発行の『JR時刻表』には、「JR-GROUP」のロゴが使用されている。ただし、この場合のJRグループは旅客鉄道各社を意味し、貨物・総研・システムは含まれない。

JR東日本・東海・西日本・九州が鉄道ノウハウ(とりわけ高速鉄道)の国際進出を目的に一般社団法人「国際高速鉄道協会」(IHRA)を平成26(2014)年4月1日、東京都港区に設立された。こちらは出資したJR大手4社の他、JR総研、さらにJR方式の高速鉄道を採用した台湾高速鉄道なども会員としている。

JRグループ各社傘下の吹奏楽団が加盟する「JR グループ音楽連盟」には、JR東日本(東北・東京)吹奏楽団、JR東海吹奏楽団、JR西日本吹奏楽団、JR四国吹奏楽団、JR九州吹奏楽団が会員。2016年11月から定期演奏会を開始した。各楽団は国鉄時代からの各管理局ごとの吹奏楽団が前身。

事業領域 法人名 種別 通称 コーポレートカラー 本社 主な事業区域
旅客鉄道 北海道旅客鉄道 株式会社 JR北海道 JR logo (hokkaido).svg 萌黄 北海道札幌市 北海道
東日本旅客鉄道 JR東日本 JR logo (east).svg 東京都渋谷区 東北関東信越
東海旅客鉄道 JR東海 JR logo (central).svg 愛知県名古屋市 東海4県南信峡南
西日本旅客鉄道 JR西日本 JR logo (west).svg 大阪府大阪市 北陸3県関西伊賀中国
四国旅客鉄道 JR四国 JR logo (shikoku).svg 水色 香川県高松市 四国
九州旅客鉄道 JR九州 JR logo (kyushu).svg 福岡県福岡市 九州
貨物鉄道 日本貨物鉄道 JR貨物 JR logo (freight).svg コンテナブルー[7] 東京都渋谷区 日本全域
研究機関 鉄道総合技術研究所 公益財団法人 鉄道総研
JR総研
JR logo RTRI.svg 薄紫 東京都国分寺市
情報処理 鉄道情報システム 株式会社 JRシステム JR logo systems.svg エンジ 東京都渋谷区

かつてJRグループだった企業

事業領域 法人名 種別 通称 コーポレートカラー 本社 主な事業区域 備考
鉄道電話 鉄道通信
→ 日本テレコム
株式会社 JR通信 JR logo (tsushin).svg グレー[8] 東京都港区 日本全域 2001年、JRグループとの資本関係解消。
2015年にソフトバンクモバイル(現:ソフトバンク、元は日本テレコム子会社のジェイフォン)
吸収合併された、ソフトバンクテレコムの前身(参照)。

民営化から現在までの状況

JRの位置(日本内)
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JR logo (east).svg
JRグループ旅客各社 本社・支社

Lightgreen pog.svg JR logo (hokkaido).svg北海道 Green pog.svg JR logo (east).svg東日本 Orange pog.svg JR logo (central).svg東海
Blue pog.svg JR logo (west).svg西日本 Turquoise pog.svg JR logo (shikoku).svg四国 Red pog.svg JR logo (kyushu).svg九州

JR貨物JR総研JRシステムは割愛)

JRグループ各社は、日本国有鉄道改革法昭和61年12月4日法律第88号)(第6条第2項(旅客会社)、第8条第2項(貨物会社))の規定により、1987年4月1日に発足した。運営等については、旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(JR会社法)に定められた。「JR」という呼称は、同年2月20日に決められたものである。

JR発足当初は、国鉄から移行した日本国有鉄道清算事業団が全株式を保有する特殊会社であった。なお、同事業団解散に伴い1998年10月22日以降日本鉄道建設公団国鉄清算事業本部、2003年10月1日以降独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構が株式を継承した。

2001年6月27日にJR会社法が改正され、本州の旅客3社(JR東日本、JR東海、JR西日本)が同法の対象から外され、純粋民間会社(非特殊会社)化が実現した。それに伴い、一部経営に関する部分の認可制から解放され、いわゆる「普通の会社」になったが、その一方で、国鉄改革趣旨に則った事業運営が行われるよう「本州3社が配慮すべき指針」の公表、事業経営への指導及び助言、勧告及び命令を国土交通大臣が行うことができる旨が、改正附則に明記された。

その後、本州3社の株式については順次民間への売却が行われ、2002年6月にはJR東日本、2004年3月にはJR西日本、2006年4月にはJR東海の全株式の売却が完了し、上場している本州3社は名実ともに「完全民営化」が実現した。

一方、いわゆる三島(さんとう)会社と呼ばれる本州以外の旅客3社(JR北海道、JR四国、JR九州)およびJR貨物は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道運輸機構)が全株式を保有する特殊会社であり、また、もともと採算の厳しい路線が多く、経営努力だけでは限界があることが当初より想定されていたため、固定資産税の減免および三島会社に関しては経営安定基金の運用(主に鉄道建設・運輸施設整備支援機構への高金利による貸付であり、実質的な補助金)により損失補填しているが、バブル崩壊以後は低金利状態の基金運用が続いている等経営環境は厳しい状況にあった。

2015年6月10日にJR会社法が改正され、2016年4月1日よりJR九州が同法の適用から除外された。これにより同社は法令上は特殊会社から民間会社に移行した。同社の株式は2016年10月25日に東京証券取引所に上場[9]、鉄道運輸機構が保有していた同社の株式は全て売却された。これにより、同社は経営が厳しいと見られていた三島会社からは初めて「完全民営化」を果たすこととなった[10]

なお同社の経営安定基金の取り扱いについては、借入金の返済や新幹線設備使用料の一括前払いなどに充てられ、国庫に返納せずに全て取り崩された[11]固定資産税の軽減措置は改正JR会社法の施行から3年後の2019年度に廃止される予定である。

なお2016年時点で、その他3社(北海道、四国、貨物)については依然として厳しい経営状況が続いており、上場や民間への株式売却の目途は立っていない。

社名について

この節には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字が含まれています(詳細)。

「鉄」の字についてはロゴ文字では「鉃」(金偏に弓矢の矢)という字を採用した[12][13]。JR四国を除き、JRグループでは各社とも社名ロゴに「鉃」(金偏に矢、本来は「鏃(やじり)」の意)を使用している[14]。これは「金を失う」に繋がる「鉄」の字を避けるためのゲン担ぎであり、背景にはJRは国鉄の赤字が原因で発足したという経緯がある[15]。かつては、近畿日本鉄道等にも同様の例があった。

JRグループにおける各社の略称は、分割民営化前の国鉄時代に原案が作られており、それらをもとに決定され、1987年2月20日に発表された。1987年4月1日の新体制の発足に際し、呼称としての「JRグループ」・「JR○○」を前面に押し出した結果、「JR」の定着はスムーズに進んだ[16]

コーポレートカラー

JRグループにおける各社のコーポレートカラーは、分割民営化前の国鉄時代に原案が作られており、それらを元に決定され、1987年2月20日に発表された。

  • 北海道旅客鉄道 - ライトグリーン。真白な雪の大地から一斉に芽生え、やがて野山を彩る柔らかな色。新会社のさわやかで伸びやかなイメージを表現[17]
  • 東日本旅客鉄道 - グリーン。東北信越関東の豊かな緑色で、力強く発展していく新会社の未来を象徴させる。また、東北上越新幹線カラーでもある[17]
  • 東海旅客鉄道 - オレンジ。かぎりなく広がる東海の海と空の彼方を染める夜明けの色。新鮮で潑剌としたオレンジのように、フレッシュな新会社を表す[17]
  • 西日本旅客鉄道 - ブルー。日本の文化と歴史に彩られた地域に相応しい色とされ、地域に密着した会社を表している。また、豊かな海と湖を象徴するカラーでもある[17]
  • 四国旅客鉄道 - ライトブルー。太平洋の青さより、さらに鮮やかなブルーであり、「青い国・四国」で知られる澄みきった空のブルーとして、新会社のフレッシュさを表現[17]
  • 九州旅客鉄道 - レッド。南の明るい太陽の国には、燃える熱意の色「赤」が相応しいとされた。全力で明るくスタートダッシュを切る新会社の意欲的な姿勢を表現している[17]
  • 日本貨物鉄道 - コンテナブルー。新会社のフレッシュさと信頼感を演出するカラー。国鉄末期にはC35形コンテナから始まる、2万個もの新造コンテナがイメージの一新を目指して、塗装を従来のコンテナグリーン(黄緑6号)からコンテナブルー(青22号)に変更して登場していた[17]
  • JRグループ - 無彩色。グループ各社としての汎用性を考え、黒、グレー、白、3つの無彩色とされ、金・銀も可としている[17]

ロゴ (JRマーク)

JRマークなどのロゴデザインは、1964年東京オリンピックポスタートヨタロゴ、アサヒビールロゴ等を考案した日本デザインセンターが製作した[17]

JRマークは、鉄道車両は両方向に進行するため、どちらに動いても違和感のないように作られている。高速走行時の視認性も考慮され、太くて横に広がるシンプルな一筆書き(レールは繋がっている)の形状には、スピード感も込められている。また、新会社の安定感を作り出すために「R」の斜めの支えを加えることで、大地に根を張るイメージが付与されている[17]

JRマークはわずかな例外を除き、各社の鉄道車両に提出されている。電車気動車については制御車の側面・まれに前面部分、機関車の側面、客車では緩急車の側面などにこのマークがある。民営化当初、各社は車体の色合いに合わせて、白色、黒色または灰色といった無彩色のJRマークを掲出していたが、JR九州だけは一貫してコーポレートカラーである赤色のJRマークを掲出しており(303系713系を除く)、ED76EF81など、車体が赤色である交流用および交流直流両用電気機関車については、赤地に白い縁取りを加えたJRマークを使用した。その後、現在に至るまでに様々な色のJRマークが車両に掲出されている。

なお、JRマークは「ジェイアアル」という呼称で1999年12月3日に商標登録が完了している 。各社毎にロゴが商標登録されており、各JR旅客各社のロゴは、全旅客各社が共同で権利を申請し、所有している模様。

また、JR貨物では、JRマークの下に「FREIGHT」の文字を加えたロゴや、近年では独自の「JRF」マークを制定している。所有するコンテナ機関車に使用しており、こちらも商標登録されている。

製作の経緯

1986年11月28日に参議院本会議で国鉄改革関連8法が可決成立したことに伴い、新会社のマークと社名ロゴにコーポレートカラーなど、新会社が必要とするデザイン課題が国鉄プロジェクトチームと電通との間で話し合われていた。その製作に相応しいクリエイターということで、日本デザインセンターにデザイン製作依頼が舞い込み、チーフディレクター梶祐輔を中心としたプロジェクトチームが立ち上げられた[17]

マークのデザイン案は「JRグループ(Japan Railway Company)」または「NRグループ(Nippon Railway Company)」で、それ以外にも幅の広いデザイン案が求められた。各デザイナーによって起こされたデザインは100案以上を超え、「JR」「NR」を模ったもの、レールの頭文字「R」をデザインしたもの、6つの旅客会社のレールをデザインしたもの、レールを鳥がはばたくイメージで表現したものなど多様なアプローチが提案され、1987年1月14日には3案に絞られた。杉浦喬也国鉄総裁はその3案を自宅に持ち帰って3日間考え抜き、新会社グループのJRを最もシンプルにデザインしたものに決定され、最終的には永井一正の監修を受けて完成した。デザインが決定してから民営化までは2か月半しかなく、7社の社名ロゴおよび各社カラー・アプリケーションの開発・マニュアル制作・記者発表用キット・各社の切符など膨大な制作物をこの期間で仕上げることが求められた[17]

国鉄では、民営化初日の4月1日に特急の一部と山手線だけにでもJRマークを付けた車輌を走らせたいと考えていた。日本デザインセンターは、民営化の初日から全国の列車の機関車と運転台付きの車両にマーク展開することを提案。3月31日の最終列車から始発までの数時間に、全国1万車両に及ぶ多彩な型式の車両ごとにデザインを起こし、国鉄職員の手でJRマークを貼るという計画だった。そのために誰にでも短時間で作業できるよう工夫した「JRマーク車両貼付け指示書」が制作された。この指示書は110ページに及ぶものだったが、時間が切迫していたため、図面の指示は山本洋司による手書きだった[17]。4月1日、最終電車から始発までのわずか4時間で、JRマークの貼り付け作業が全国一斉に行われている。

脚注

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  1. ^ ジェー‐アール【JR】”. JapanKnowledge. 2013年11月20日閲覧。
  2. ^ 「時刻表」はこうしてつくられるP.125 交通新聞社新書 ISBN 978-4-330-37713-1、2013年
  3. ^ 一方で、JR東日本傘下の日本レストランエンタプライズの略称は「NRE(Nippon Restaurant Enterprise)」となっている。
  4. ^ 持ち株会社および統括会社を設立しなかった理由として、JRグループ各社設立時点の1987年の時点では独占禁止法により持ち株会社の設立自体が禁止されていたと言う事情もある(日本で持ち株会社の設立が可能となったのは発足から10年後の1997年である)。
  5. ^ “JR東・東海、トヨタ株 125億円分取得 交通問題の協業視野”. 日刊工業新聞. (2016年6月28日). https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00433637 
  6. ^ 一例を挙げると羽田空港輸送を担う東京モノレールもJR東日本グループの一員である。
  7. ^ 国鉄時代の名称から青22号ともいう。
  8. ^ 当初は「JR」の灰色のロゴを使用していた。商標登録第3126644号。
  9. ^ “九州旅客鉄道株式会社株式の売出しの実施について” (PDF) (プレスリリース), 鉄道・運輸機構, (2016年9月15日), http://www.jrtt.go.jp/08-2Press/pdf/H28/pressh280915.pdf 2016年9月15日閲覧。 
  10. ^ “JR九州が完全民営化へ 「三島会社」で初、改正法成立”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2015年6月3日). オリジナル2015年6月3日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150603061648/http://www.sankei.com/west/news/150603/wst1506030043-n1.html 2015年6月3日閲覧。 
  11. ^ “JR九州の17年3月期、経常利益535億円 最高益で上場へ”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2016年5月27日). オリジナル2016年5月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160520061648/http://www.nikkei.com/article/DGXLASJC20H3O_Q6A520C1000000/ 2016年5月20日閲覧。 
  12. ^ 朝日新聞(1987年1月21日夕刊、1987年2月21日)
  13. ^ 会社登記上の文字は、いずれも「鉄」である。
  14. ^ 発足当初はJR四国も他のJR各社同様に金偏に矢の「鉃」を使用していた。
  15. ^ 参考リンク
  16. ^ 発足当初は、「○○線」、「○○鉄道」、「○○会社線」の呼称も存在した。
  17. ^ a b c d e f g h i j k l m 87 JRグループ CIデザイン” (日本語). 株式会社日本デザインセンター. 2012年5月6日閲覧。

関連項目

外部リンク


サム・スティムボート

(JR から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/10/20 07:34 UTC 版)

サム・スティムボート
プロフィール
リングネーム サム・スティムボート
サミー・スティムボート
本名 サミュエル・モクアヒ・ジュニア
ニックネーム 褐色の豹[1]
身長 180cm[1]
体重 104kg[1](全盛時)
誕生日 1934年5月4日
死亡日 (2006-05-02) 2006年5月2日(71歳没)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ハワイ州の旗 ハワイ州マウイ島[1]
トレーナー ルー・テーズ[2]
デビュー 1956年[3]
テンプレートを表示

サム・スティムボートSam Steamboat、本名:Samuel Mokuahi, Jr.1934年5月4日 - 2006年5月2日)は、アメリカ合衆国プロレスラーハワイ州マウイ島出身[1]

先住ハワイアンベビーフェイスとして、地元のハワイやフロリダを主戦場に活躍した。

リッキー・スティムボートはサムの「甥」という触れ込みのもと、彼にあやかったリングネームデビューしたが、両者の間に血縁関係はない[2][4]

来歴

ルー・テーズに見出され[2]、テーズの一番弟子として[1]1956年にハワイにてデビュー[3]。ハワイの現地語で「汽船」(燃える島)を意味する本名の "Mokuahi" を英名に変えたサム・スティムボートSam Steamboat)をリングネームに[4]、翌1957年からはアメリカ合衆国本土テキサスにも進出[3]。以降、ハワイとアメリカ大陸を往復し、1961年1月25日にはディック・ハットンからNWAハワイ・ヘビー級王座を奪取した[5]

その後、デトロイトカナダトロントなどを経て、1964年よりフロリダに参戦。フェイスターンしていたエディ・グラハムのパートナーとなり、同年6月23日にNWAフロリダ・タッグ王座を獲得する[6]。11月には単身でWWWFにも出場しており、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにおける同月16日の定期戦ではボリス・マレンコから勝利を収めた[7]。以降もグラハムとのコンビでジョージアノースカロライナ、テキサス、テネシーなど各地を転戦。テネシーでは1966年の初頭に、ヒロ・マツダ&カンジ・イノキの日本人コンビとNWA世界タッグ王座を争った[8]

1966年5月、日本プロレスにグラハムと共に初来日[9]。6月18日に川崎球場にて、凱旋帰国したヒロ・マツダと吉村道明が保持していたアジアタッグ王座に挑戦した[10]。翌1967年7月には、マツダがエースを務めていた国際プロレスの旗揚げ第2シリーズに単身で再来日。このときは手薄だった日本人陣営に加わり、マツダや豊登を援護している[11]。8月14日に大阪で行われた日本プロレスとの興行戦争では、大阪府立体育館のメインイベントでマツダと組み、ビル・ドロモ&ロジャー・カービーから勝利を収めた[12]

グラハムとのコンビ解消後、1968年からはノースカロライナのNWAミッドアトランティック地区にてミスター・レスリングとのタッグチームなどで活動。1970年代に入ると再びハワイを主戦場に、1971年2月24日にカーティス・イヤウケア、9月29日にジン・キニスキー1972年9月27日にフレッド・ブラッシーを破り、ハワイ版のNWA北米ヘビー級王座を再三獲得した[13]

同王座は1972年11月25日にダスティ・ローデスに奪われるが、以降もハワイでの活動を続け、キャリア晩年の1977年9月28日、ジョン・トロスを破って4度目の戴冠を果たし、12月にキラー・トーア・カマタに敗れるまで王者として活躍した[13]

2001年5月2日アルツハイマー病に起因する合併症のため死去[4]。71歳没。

得意技

獲得タイトル

ノース・アメリカン・レスリング・アライアンス
NWAミッドパシフィック・プロモーションズ
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
NWAミッドアメリカ
ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWA南部タッグ王座(ジョージア版):1回(w / エディ・グラハム)[14]
ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWA南部タッグ王座(ミッドアトランティック版):1回(w / エディ・グラハム)[18]

脚注

  1. ^ a b c d e f g 『THE WRESTLER BEST 1000』P300(1996年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c 『Gスピリッツ Vol.19』P71(2011年、辰巳出版ISBN 4777808920
  3. ^ a b c Sam Steamboat”. Wrestlingdata.com. 2013年7月11日閲覧。
  4. ^ a b c Sam Steamboat was a Hawaiian legend”. SLAM! Sports (May 4, 2006). 2013年7月11日閲覧。
  5. ^ a b NWA Hawaii Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。
  6. ^ a b NWA World Tag Team Title [Florida version]”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。
  7. ^ The WWE matches fought by Sam Steamboat in 1964”. Wrestlingdata.com. 2017年10月20日閲覧。
  8. ^ a b NWA World Tag Team Title [Mid-America version]”. Wrestling-Titles.com. 2013年9月23日閲覧。
  9. ^ The JWA matches fought by Sam Steamboat in 1966”. Wrestlingdata.com. 2015年1月21日閲覧。
  10. ^ JWA 1966 Golden Series - Day 18”. Wrestlingdata.com. 2015年1月21日閲覧。
  11. ^ The IWE matches fought by Sam Steamboat in 1967”. Wrestlingdata.com. 2015年1月21日閲覧。
  12. ^ IWE Pioneer Summer Series - Day 13”. Wrestlingdata.com. 2015年1月21日閲覧。
  13. ^ a b c NWA North American Heavyweight Title [Hawaii version]”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。
  14. ^ a b c d Wrestler Profiles: Sam Steamboat”. Online World of Wrestling. 2013年7月11日閲覧。
  15. ^ International Television Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年5月10日閲覧。
  16. ^ NWA Hawaii Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。
  17. ^ NWA Florida Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。
  18. ^ NWA Southern Tag Team Title [Mid-Atlantic version]”. Wrestling-Titles.com. 2013年7月11日閲覧。

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