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しらかわてんのう しらかはてんわう 【白河天皇】
美術人名辞典 |
白河天皇
読み方:しらかわてんのう
第七十二代天皇。後三条天皇の第一皇子。諱は貞仁。堀河・鳥羽・崇徳天皇と、曾孫の代に至るまで政治の実権を握り、「院政」とよばれる政治形態を創始した。浄土信仰に厚く、法勝寺などを建立した。大治4年(1129)崩御、77才。
第七十二代天皇。後三条天皇の第一皇子。諱は貞仁。堀河・鳥羽・崇徳天皇と、曾孫の代に至るまで政治の実権を握り、「院政」とよばれる政治形態を創始した。浄土信仰に厚く、法勝寺などを建立した。大治4年(1129)崩御、77才。
歴代天皇事典 |
白河天皇
白河天皇は後三条天皇の第一皇子で、母は藤原公成の娘茂子だが、養父の藤原能信のもとで育てられたとといわれている。
1072年に後三条天皇から譲位を受けて第72代天皇となるが、1086年に子の善仁親王(堀河天皇)に譲位して上皇となり初めての「院政を開始」した。
白河上皇は院庁をおいて政治を司った。
以後堀河・鳥羽・崇徳の三代にわたり40年以上も院政を布いた。
関白藤原忠実を失脚させて事実上摂関政治を名ばかりのものとするなど強力な院政をしいた。
また輔仁親王勢力や比叡山延暦寺・興福寺などの山法師に対抗するため「北面の武士」を設置し上皇の権力を強化して、上皇院の保全をはかった。
白河上皇の時代には仏教が盛んになり、白河上皇は七堂伽藍をもつ大寺院法勝寺を建立するなど仏教を手厚く保護した。
1072年に後三条天皇から譲位を受けて第72代天皇となるが、1086年に子の善仁親王(堀河天皇)に譲位して上皇となり初めての「院政を開始」した。
白河上皇は院庁をおいて政治を司った。
以後堀河・鳥羽・崇徳の三代にわたり40年以上も院政を布いた。
関白藤原忠実を失脚させて事実上摂関政治を名ばかりのものとするなど強力な院政をしいた。
また輔仁親王勢力や比叡山延暦寺・興福寺などの山法師に対抗するため「北面の武士」を設置し上皇の権力を強化して、上皇院の保全をはかった。
白河上皇の時代には仏教が盛んになり、白河上皇は七堂伽藍をもつ大寺院法勝寺を建立するなど仏教を手厚く保護した。
| 第72代天皇 | |
| 天皇名 | 白河天皇 |
| 読み方 | しらかわてんのう |
| 名・諱等 | 貞仁親王 |
| 読み方 | さだひとしんのう |
| 時代区分 | 古代 |
| 天皇在位 | 1072年から1086年 |
| 生年 | 1053 |
| 没年 | 1129 |
| 父 | 後三条天皇 |
| 母 | 藤原茂子 |
| 兄弟 | 実仁親王・輔仁親王 |
| 配偶者 | 藤原賢子・藤原苡子 |
| 皇子女 | 善仁親王 |
| 即位宮 | 平安京 |
| 天皇陵 | 成菩提院陵 |
| 所在地 | 京都市伏見区竹田浄菩提院町 |
歴代天皇陵一覧 |
白河天皇 成菩提院陵
(しらかわてんのう じょうぼだいいんのみささぎ)
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