XB-70 (航空機)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/29 10:17 UTC 版)
特徴
基本構造
XB-70の外見上最大の特徴は、デルタ翼の両端が高速飛行中は折れ下がることである。これはしばしば衝撃波を抱え込むための工夫であるともいわれるが、それよりも超音速飛行時には能力不足となる垂直尾翼の能力を補う為、及び空力中心の後方移動を補償する為であるとされる。これは、コンプレッション・リフトの恩恵に与かれるのは主に、主翼であるためである[4]。カナード(前翼)も非常に印象的だが、後の戦闘機に多く見られるカナードが後流を制御して失速を防ぐものであるのに対し、機体のバランスを取りやすくするためのアイデアだった。
後流制御のためのカナードの場合は、主翼と一部重なる位置にあるが、本機の場合は主翼とは離れた位置にある[5]。実際にはバランス調整は燃料タンク内で燃料を細かく移動させることによってもなされている。
機首のうち風防前部の上面は低速時には凹んだようになっているが、高速飛行時にはここが持ち上がりフラットな機首となる。これはコンコルドの機首が折り下がるのと同じように、地上および低速域での前方視界を確保するためのものである[6]。
外皮はアルミニウム系合金ではマッハ3飛行下で発生する大気の断熱圧縮による300℃超の高熱に耐えられないため、ステンレス系合金によるハニカム構造となっている。このハニカム構造に断熱の役割も持たせているが、熱そのものや熱による外皮の伸縮のために塗装が剥げ落ちるトラブルに悩まされた。飛行中の挙動には著しい制約が加えられており、XB-70は戦闘機はおろか旅客機並みの機動すら出来ない。これはXB-70同様のマッハ3級機であるSR-71偵察機(こちらの外装はチタン合金である)も同様であり、ある意味非常に脆弱な機体だった[7]。そのためXB-70は、予めプログラムされたコース以外を飛行する事が極めて困難だった。これは弾道ミサイルに対する利点が無い事を意味し、後の開発中止の決定の一因となる。
XB-70は実験機のため武装はできない。試作機YB-70には核爆弾などを搭載可能な爆弾庫が設けられ、爆撃手と防御システム操作手とが搭乗する予定だったが、YB-70は後述する理由により実現しなかった。
エンジン
胴体下面にコンプレッション・リフトの要となる楔状の部位が有り、その先端部に空気取り入れ口、後部にゼネラル・エレクトリック製のアフターバーナー付きゼネラル・エレクトリック YJ93ターボジェットエンジンが6基搭載されている。しかし空気取り入れ口の構造は翼端折り曲げと共に、数値が低いほどステルス性が高いとされるレーダー反射断面積(RCS)を著しく増大させるため、高々度から侵攻しても容易に発見される危険性が指摘されていた[8]。
燃料はJP-6と呼ばれる高々度・低温下での飛行に対応した特性のものが使用された。さらにホウ素系添加物(ZIP燃料)によってアフターバーナーの推力を高めることも検討されたが、これは毒性が青酸の約10倍とあまりに凄まじいために中止となった[9]。
コックピット
XB-70は実験機だったこともあり操縦席は機長・副操縦士の二人乗りだった。操縦席は与圧され乗員は特別な装備無しで搭乗することも出来たが、テストパイロットは基本的に与圧服を着用して搭乗している。それぞれの座席が非常時には脱出カプセル(モジュール式脱出装置)として使用されるようになっており、非常時には上下からカバーが回り込んで乗員を収容する。このカプセルは与圧が失われたときの乗員の保護も想定されており、カプセル内からでも最低限の操縦が可能である。脱出時にはカプセルごと射出され、パラシュートとエアバッグで着地する仕組みになっていた[10]。
愛称
「ヴァルキリー」の愛称は公募で決められたとされているが、実際のところ応募総数20,235通のうちヴァルキリーの名を書いたものは僅か13通だった。アメリカ戦略航空軍団のエンブレムには北欧神話の雷神トールの手が描かれており、これに合わせて既に名前が決められていたのではないかともいわれている[11]。
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離陸する1号機
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ドラッグシュートを用いて着陸するXB-70
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機体後方より
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超音速飛行時の風防前部がせり上がった状態
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翼端を25度程度下げた中速域状態
マーキングからNASA時代のものと分かる -
翼端を65度程度下げた高速域状態
チェイス機が追いつけなかったため、マッハ3で飛行中の写真は残っていない[12] -
コックピットの計器類
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B-58と共に
- ^ 『世界の傑作機 No.106 XB-70 ヴァルキリー』p.60。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.32 , 61。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.61 - 67。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.67。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.57 , 67 - 69。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.24。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.12 - 13。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.19。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.17 - 18。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.21 - 25。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.72。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.45。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』pp.13 - 14。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.37。A-11はYF-12Aの異称。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.41。
- ^ The Crash of the XB-70 Valkyrie on Check-Six.com
- ^ Yeager and Janos 1986, p. 226.
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.77。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.34。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.59。
- ^ 『世界の傑作機 No.106』p.5。
- ^ United States Air Force Museum Guidebook 1975, p. 87.
- ^ "Research & Development Gallery" Archived 28 June 2011 at the Wayback Machine.. National Museum of the United States Air Force. Retrieved: 23 December 2009.
- ^ "XB-70 Valkyrie moved into museum's new fourth building". National Museum of the United States Air Force, 27 October 2015. Retrieved: 2 November 2015.
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