TK-80 プロセッサのトレーニングキットの当初の存在理由

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TK-80

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 01:26 UTC 版)

プロセッサのトレーニングキットの当初の存在理由

トレーニングキットやエバリュエーションキットというものの、TK-80発売ころまでの位置づけや当時の存在意義

本来なら「トレーニングキット (マイクロプロセッサ)」という別記事を立ち上げておくべきなのだが、現状当百科事典ではその別記事が立ちあげられておらず、だがTK-80を理解するにはそれの知識もあったほうがよいので、とりあえずここで解説する(だがいずれは別記事を立ち上げ、そこに移行する)。

初期の(4ビットなどの)マイクロプロセッサは、主に電卓などに使われることを意図していた。その後、性能の向上とともに電卓以外の用途も想定されるようになった。従来「ハードウェア的」な技術、つまりワイヤードロジック回路リレー回路、アナログ回路機械機構などを複雑に組み合わせて実現していた機能、でさまざまな機器の機能を実現していたのであるが、それをソフトウェア制御で実現し、機器のコストダウンや小型化を図ろうとしたのである。

マイクロプロセッサを使ったソフトウェア制御を行うためには、機器を設計する技術者は、マイクロプロセッサのハードウェア面を理解するだけでなく、ソフトウェアプログラム)というものを自力で開発する技術を知ったり習得する必要がある。そのためマイクロプロセッサを製造、販売する会社は技術者がマイクロプロセッサのハードウェアおよびソフトウェアの両方の技術を知るためのエバリュエーションキット(評価用キット)や、技術習得するためのトレーニングキット(教材用キット)を提供するようになった。

この種のキットはCPUROMRAMI/Oチップなどの構成部品を1枚の基板上に実装し最小構成のマイクロプロセッサシステムを構成していた(このような構造から、ワンボードマイコンと呼ばれた)。通常ROMにはモニタ/デバッグプログラムが置かれていたが、ユーザーが自分用のプログラムに置き換えて各種の実験を行ったりあるいはそのままそのボードを制御用部品として製品に組み込むこともできた。


注釈

  1. ^ 7万台を売ったとする文献もある[4]
  2. ^ 半導体部門は2002年の分社化を経て2010年よりルネサス エレクトロニクスとして存続。
  3. ^ 1976年9月に電子デバイス販売事業部へ改称。
  4. ^ その他、命令の実行サイクル数がインテル製とは異なるなどの違いもあった
  5. ^ 部品を仕入れる担当者の立場では、NEC製が入手できない場合にインテル製を含む他社品で代替できないのも問題であった。これはμPD753があまり売れなかったのと同様の理由である
  6. ^ μPD8080AFのあとのCはプラスチックパッケージを示すサフィックスである。μPD8080AおよびAFのあとにDがあるバージョンもあり、Dは同様にセラミックパッケージを示す。他のICの末尾の文字も同様である
  7. ^ 例えば月刊I/O1977年12月号では、アドテックのメモリボード(ADB-001)、ディスプレイユニット(TVD-02)、キーボード(KB-02)を接続して東大版2K BASICを動かす方法が紹介されていた。

出典

  1. ^ a b c d 太田行生『パソコン誕生』日本電気文化センター、1983年、22頁。ISBN 4930916119 
  2. ^ a b 佐々木 2013, p. 8.
  3. ^ a b 日本電気社史編纂室『日本電気株式会社百年史』日本電気、2001年12月25日、649-661頁。 
  4. ^ 上前淳一郎『読むクスリ』文藝春秋文春文庫)、1987年、14頁。ISBN 4-16-724807-7
  5. ^ a b c 関口, 和一『パソコン革命の旗手たち』日本経済新聞社、2000年、35-39頁。ISBN 4-532-16331-5 
  6. ^ a b 田中, 繁廣「ドキュメント・NECのPC戦略―市場制覇への道を切り拓いた戦士達 その決断と挑戦の歴史」『100万人の謎を解く ザ・PCの系譜』コンピュータ・ニュース社、1988年2月17日、76–89頁。ISBN 4-8061-0316-0 
  7. ^ 塩田紳二「国産銘機列伝:開発者インタビュー「オープンの発想はPDP-8から学んだ―TK-80開発者、後藤氏に聞く」」『ASCII』第22巻第5号、アスキー、1998年、314頁、ISSN 0386-5428 
  8. ^ 加藤明、「PC-8001の開発」 『電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン』 2010年 2010巻 15号 p.15_58-15_65, doi:10.1587/bplus.2010.15_5 電子情報通信学会
  9. ^ 「TK-80BS」『ASCII』第2巻第1号、アスキー出版、1978年、ISSN 0386-5428 
  10. ^ 田中, 繁廣「NECのハード開発戦略―ユーザーをとらえた「互換性と継承性の追求」優先の製品開発」『100万人の謎を解く ザ・PCの系譜』コンピュータ・ニュース社、1988年2月17日、94–105頁。ISBN 4-8061-0316-0 
  11. ^ 塩田, 紳二「国産銘機列伝:History「マイコンと呼ばれていた頃」」『ASCII』第22巻第5号、アスキー、1998年、312-313頁、ISSN 0386-5428 
  12. ^ 『μCOMシリーズ 総合ユーザーズガイド 1978 SPRING編』日本電気株式会社、1978年3月3日。IEM-517N。 
  13. ^ 『μCOM-80トレーニング・キット TK-80E/80ユーザーズ・マニアル』
  14. ^ メモリボード TK-M20K”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012年11月2日閲覧。
  15. ^ a b 太田行生『パソコン誕生』日本電気文化センター、1983年、29頁。ISBN 4930916119 
  16. ^ COMPO BS/80”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012年11月2日閲覧。
  17. ^ 日本電気社史編纂室『日本電気株式会社百年史』日本電気、2001年12月25日、653頁。 
  18. ^ トレーニングマイクロコンピュータ TK-85”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012年11月2日閲覧。
  19. ^ μCOMベーシックステーション TK-80BS”. NEC Personal Computers, Ltd.. 2012年11月2日閲覧。
  20. ^ 竹下 洋、ワンタッチLEVEL-I ↔ LEVEL-II 切り替えシステム『ラジオの製作別冊 マイコンプログラム全集1』p.12、電波新聞社、1979年


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