鯖江藩
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/01 03:17 UTC 版)
鯖江藩(さばえはん)は、越前国今立郡西鯖江村の鯖江陣屋(現在の福井県鯖江市)に藩庁を置いた藩[注釈 1]。1720年に譜代大名の間部氏が5万石で入る。幕末期の藩主間部詮勝は老中となるが、井伊直弼のもとで安政の大獄を指揮したため、1862年にその責を問われて減封などの処分を受ける。以後、4万石の藩として廃藩置県まで続いた。
注釈
- ^ 陣屋所在地の村名により西鯖江藩とも呼ばれることもあるが[1]、鯖江藩と呼ぶのが通例である[1]。
- ^ 立藩の10年前の時点では幕領のほか土岐頼殷領(野岡藩)、紀州徳川家の松平頼方領(葛野藩。頼方はのちの徳川吉宗)であった[4]。
- ^ 西鯖江村にあった幕府代官所は、丹生郡本保村(福井県越前市本保町)に移転した[5]。福井藩の預り地にされたり、代官所の新設や再統合が行われるなどの曲折はあるものの、おおむね越前国の幕府直轄地の管理は本保代官所(本保陣屋)で行われることになる[5]。本保県参照。
- ^ 「薄免」という用語で表現される。生産力が低いために年貢収納率が低いことを示す[10]。領内人口も村上藩領の半分程度で、生産力の低さを示すと見られる[9]。
出典
- ^ a b c d e f “第一章>第一節>一 鯖江藩の成立>間部氏の入封”. 『福井県史』通史編4 近世二. 2022年5月13日閲覧。
- ^ a b c d e f g 東谷智 2009, p. 34.
- ^ a b c d 渡邊秀一 2006, p. 64.
- ^ a b 柳沢芙美子 2020, p. 57.
- ^ a b “第二章>第二節>四 幕府領>錯綜する代官領”. 『福井県史』通史編3 近世一. 2022年5月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l “鯖江藩”. 鯖江市. 2022年5月12日閲覧。
- ^ a b c 舟澤茂樹. “鯖江藩”. 日本大百科全書(ニッポニカ). 2022年5月12日閲覧。
- ^ “第一章>第一節>一 鯖江藩の成立>地方支配の体制”. 『福井県史』通史編4 近世二. 2022年5月13日閲覧。
- ^ a b c d e “第一章>第一節>一 鯖江藩の成立>藩財政の状況”. 『福井県史』通史編4 近世二. 2022年5月13日閲覧。
- ^ “第三章>第二節>二 年貢と諸役>>年貢率の変遷”. 『福井県史』通史編3 近世一. 2022年5月13日閲覧。
- ^ “鯖江藩”. 藩名・旧国名がわかる事典. 2022年5月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k “間部 詮勝(1804-1884)”. 先人を偲ぶ. 鯖江市. 2022年5月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g 小野正雄. “間部詮勝”. 日本大百科全書(ニッポニカ). 2022年5月12日閲覧。
- ^ “旧高旧領取調帳データベース”. 2022年5月14日閲覧。
- ^ “陣屋”. 織田文化歴史館. 2022年5月13日閲覧。
- 1 鯖江藩とは
- 2 鯖江藩の概要
- 3 陣屋・陣屋町・藩施設
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