金星 (エンジン)
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特徴
金星のボア・ストロークはA4と変わらず140 mm×150 mmである。この寸法は、それ以前に三菱が手掛けていたイスパノ300/450馬力発動機と同じ寸法を採用している。ボア・ストロークはエンジンの燃焼状態に影響が大きいことから、長く実績を積んだ寸法を採用した(同様に火星のボア・ストロークはイスパノ650馬力発動機と同寸法を採用している)。こうした手堅い設計により、金星は同時期の中島製エンジンよりも信頼性が高かったという評価もある。
吸排気のバルブを動かすプッシュロッドはエンジン前方にまとめて配置され、前列後列ともカムを共用している。このプッシュロッド配置が、中島製空冷星形エンジンとの、外観上の顕著な相違となっている。当初は利点ありとして採用された前方集中配置であるが、前後列でプッシュロッドの長さ、角度が変わることで、高回転時に悪影響があったともされる。更に18気筒になると後列気筒へのプッシュロッド配置が相当に窮屈となり冷却や整備に悪影響があることから、ハ43では前後気筒のカムとプッシュロッドをそれぞれ別に設ける形に変更されている(三菱でハ43に先駆けて開発された18気筒エンジン、ハ42は前方集中式で完成しているが、改良型のハ42ルの開発に当たっては設計をやり直しプッシュロッドは前後振り分けに変更されている)。
型式
金星旧型
社内呼称A4-Ra、試作名称七試空冷六〇〇馬力発動機。A8の前身にあたるA4の最初の試作モデルだが、資料が乏しく全容はほとんどわかっていない。試運転の初期には非常に好調だったとされる。[1][2]
金星一型
社内呼称A4-Rb。後のA8とは逆に、バルブカムが後方に集約され排気管が前方に向いているのが特徴。しかしこれは気筒冷却や整備性の悪化を招き、また設計の不良から試験運転中に文字通りあらゆる部品が破損しA8の開発直前には「A4は全ての部品を壊し尽くした」と言われるほどだった。[1][2]
金星二型
社内呼称A4-Rc。A4-Rbの軸受等に改良を施したものだが、やはり試験では問題が多発した。[1][2]
金星三型
社内呼称A8a(出力軸直結)またはA8b(出力軸減速)。A4からカムの位置が前方に入れ替えられ、排気管は後方に開口している。また外国製エンジンの優れた個所を多く取り入れ、完成度の高いエンジンに仕上がっている。海軍の審査運転はまったくトラブルなく終わり、試験後のオーバーホールも洗浄のみで終了と極めて優秀な成績を示し1936年(昭和11年)1月15日に制式採用となった。ただし、大改良を施した金星四型がすぐに登場したため生産数は比較的少なく終わっている。[3]
金星四〇型
- 金星四一型
- 社内呼称A8c。金星三型をベースに性能向上に不利と思われる部位の抜本的改良を行ったもの。主な改良箇所は以下の通り。[4]
- ローラーベアリングの使用はクランク軸の前後主軸受のみとしプレーンベアリングを主用。
- クランク軸を分割式とし中央部にボールベアリングを追加し剛性向上。
- 主コネクティングロッドの大端部を一体式に改め軸受の耐久性向上。
- ナトリウム封入の中空排気弁を採用し冷却強化。
- ピストンリングに硬質クロムメッキを施し焼き付き・摩耗防止。
- シリンダー胴に窒化処理を行い焼き付き・摩耗防止。
- 弁装置への強制潤滑による耐久性向上。
- プロペラ軸減速機をファルマン式傘歯車から軽量で高回転向きの遊星式平歯車に変更。
- 降流式キャブレターを採用し下方気筒の燃焼改善。
- など。
- 1936年(昭和11年)7月に試作機が完成し、試験の結果優秀であることが認められ1937年(昭和12年)8月13日に海軍に制式採用された。当初の名称は金星四型であったが、1938年(昭和13年)7月4日付で金星四一型に改められた。[4][5]
- 金星四二型
- 金星四一型を空気ポンプ装備可能としたもの。1937年(昭和12年)8月13日制式採用。[5]
- 金星四三型
- 金星四二型に恒速プロペラ用調速機の伝導歯車を装備したもの。1937年(昭和12年)8月13日制式採用。[5]
- 金星四四型
- 金星四三型に機銃連動装置と吸入圧力自動調整装置を装備したもの。1937年(昭和12年)8月13日制式採用。[5]
- 金星四五型
- 金星四二型の過給機等を変更し全開高度を4,200 mに変更したもの。1940年(昭和15年)2月5日制式採用。[5]
- 金星四六型
- 金星四三型の過給機等を変更し全開高度を4,200 mに変更したもの。1940年(昭和15年)2月5日制式採用。[5]
金星五〇型
- 金星五一型(ハ112I)
- 試作時の名称は金星四〇型改一。金星四〇型の各所に改良を加えて性能強化したもの。改良箇所は以下の通り。[6]
- 気筒フィン面積増加による冷却強化、気筒胴切削形状の変更による構造強化。
- 吸気弁傘部外径拡大、吸排気弁の材質変更、弁ばねの簡略化・強化、吸排気弁挟み角拡大。
- 吸気管径拡大、点火栓取付位置変更。
- クランクピン油孔間隔短縮。
- 減速機大歯車へのスプライン外径拡大。
- クランク軸中央軸受の取付ボルトを変更し強化、クランク軸前後軸受を強化。
- 減速機大歯車軸受を内輪なしからありに変更し工作簡易化、減速比変更。
- プロペラ軸を海軍用規格から陸海軍共通規格に変更。
- 過給機を2速に変更しインペラ径を拡大。
- 気化器の容量増大、水メタノール噴射装置を搭載可能に。
- 直結発電機の着脱容易化、油ポンプ強化、燃料ポンプの高空性能改善と濾過機の着脱性改善、マグネトーを変更し点火時期の一斉化。
- 1942年(昭和17年)7月30日に制式採用された。[5]
- 金星五二型
- 金星五一型に水噴射ポンプを装備可能としたもの。1942年(昭和17年)7月30日制式採用。[5]
- 金星五三型
- 金星五二型に高圧油ポンプを装備可能としたもの。1942年(昭和17年)7月30日制式採用。[5]
- 金星五四型
- 金星五三型に機銃連動装置を装備可能としたもの。1942年(昭和17年)7月30日制式採用。[5]
金星六〇型
- 金星六一型
- 金星五〇型の回転数を引き上げて出力を増強したもの。[5]
- 金星六二型(ハ112II)
- 金星六一型の燃料供給装置をポート噴射の多点定時燃料噴射とし、水メタノール噴射装置を搭載したもの。[5][7]
- ハ112IIル
- ハ112IIにル2排気タービン過給機[注釈 1]を付加したもの。インタークーラーは装備していなかった。[7]
搭載機
- 三型 九六式陸上攻撃機、九七式二号艦上攻撃機
- 四〇型 九六式陸上攻撃機、九九式艦上爆撃機、零式輸送機、零式水上偵察機
- 五〇型 九九式艦上爆撃機、零式輸送機、瑞雲 「五二型(中攻用)五三型(大艇、ダグラス)五四型(艦爆用)」
- 六〇型 一〇〇式司令部偵察機三型/四型、五式戦闘機、キ102、キ116、彗星三三型、零式艦上戦闘機五四型/六四型
注釈
- ^ ル2排気タービン過給機要目[8]
公称回転数:20,000 rpm
外径×全長:670×483 mm
重量:54 kg
過給機形式:直線翼型遠心式
過給機インペラ径:300 mm
過給機空気流量:1.2 kg/s
過給機圧力比:2.38(高度10,000 m、回転数20,000 rpm)
タービン形式:単段インパルス式
タービン翼部平均直径:276 mm
タービン翼長:43 mm
タービン翼数:80枚
タービン入口ガス温度:700度(最高750度)
タービン最大ガス流量:0.7 kg/s
油ポンプ潤滑油:航空鉱油
油ポンプ潤滑油圧力:0.2~0.6 kg/cm2
油ポンプ潤滑油入口温度:50~60度
給油ポンプ:歯車式
排油ポンプ:歯車式
注油ポンプ:往復式
出典
- ^ a b c 松岡 1996, pp. 41–43.
- ^ a b c 坂上 2021, pp. 238–241.
- ^ 松岡 1996, pp. 56–63.
- ^ a b 松岡 1996, pp. 63–69.
- ^ a b c d e f g h i j k l 秋元 2002, pp. 18–19.
- ^ 坂上 2021, pp. 415–420.
- ^ a b 松岡 1996, pp. 110–121.
- ^ 松岡 1996, pp. 113–116.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd 『日本機械工業五十年』日本機械学会、1949年、1006~1009頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az 松岡 1996, pp. 325–327.
- ^ a b c d e 坂上 2021, p. 419.
- ^ 坂上 2021, p. 428.
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