硬性憲法 通説への批判

硬性憲法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/18 03:53 UTC 版)

通説への批判

アレッサンドロ・パーチェによれば、通説による区別、すなわち、「硬性憲法は、軟性憲法と異なり、それが改正されるためには特別な改正手続を必要とする」という区別は、ダイシーがブライスの思考を誤解した結果である[5]。 パーチェによれば、ダイシーは1814年のフランスの憲章等を軟性憲法としているが、その公布のために血が流されたこと等を考慮すれば誤りである。ダイシーは、オルレアン朝では、憲章の中に立法権の限界を定めた文言はなく、ゆえにイギリスと同じく議会が主権を持っていたことがイギリス人男性には明らかであるとした[注釈 17]。パーチェによれば、これはダイシーの中のイギリス・イデオロギー文脈に起因する誤りである[5]

石澤によれば、改正手続きのみでの区別が通説となった原因は、ダイシー自身がブライスの論述を誤解したためではないとされる [28]

浅井清によれば、改正手続きの規定によって軟性憲法と硬性憲法とに分類されるがごとく、普通には理解されているが、それは極めて皮相的な解釈であり、 ブライスの学説の真意はそれ以外の点(軟性憲法の弾力性等)にある、とされる[4]

用語について

別の表現

Voermansによれば、硬性憲法(リジッドな憲法)(英語: rigid constitution)と軟性憲法(フレキシブルな憲法)(英語: flexible constitution)の区別は、エントレンチ英語: entrench)とノン・エントレンチの区別とも言われ、両者にニュアンスの違いはあるが、本質的には同じ事とされている[31]。しかし、エントレンチは条項毎の属性となり得る。

現在、憲法に関連した英語の文献について、リジッドと表記されているもの、エントレンチと表記されているもの、いずれも多数見つけることができる。[要出典]

視点による違い

アメリカ合衆国憲法についての、視点による論述の違いを例示する。

アメリカ合衆国憲法には多数の修正が存在する。このため、「アメリカ憲法が二〇〇年以上も続いたのは、弾力性がある『生きた憲法』だったからだ」「コモンロー的憲法は生ける憲法である」と述べている文献が存在する[32] 一方で、1905年の論述ではあるが「アメリカ合衆国憲法は、南北戦争によるものを除き1804年以降は変更がなく、実質的には変更不可能で、リジッドである事実に疑問の余地はない」と主張する文献も存在する。[33]

アメリカ合衆国憲法については、その修正方法(従来の規定を残したまま修正内容を修正条項として付け足していく)を考慮して、各論述を読み取る必要がある。

日本における用法

日本においても、前述のごとく、ある憲法を硬性憲法とするか軟性憲法とするかの区分の基準は一定していない[34]。 また、ある憲法の一部に堅固に保護された条項がある場合に、それを分けて論述するかどうかも、一定していない。 日本の義務教育や入試問題においては、対応する教科書の記載が基準となっている。

一般には、その改正にあたり通常の法律の立法手続よりも厳格な手続を必要とする成文憲法が、硬性憲法とされ、それ以外が軟性憲法とされる。 またある論述では、硬性憲法か軟性憲法かの区別は、あくまでもそれぞれの国家における立法手続、法律の改正手続に比べて「形式的に」厳格な手続が要求されるか否かという点で区別される、とされている。

これに対して、「日本国憲法やアメリカ合衆国憲法など(主に成文憲法)は硬性憲法に分類される。一方、イギリス不文憲法である)は軟性憲法であるほか、フランスドイツなどヨーロッパ諸国は硬性憲法でも実質的に軟性である」とする論述がある。

しかし、アメリカ合衆国憲法については前述のように様々な意見が存在する。またドイツ連邦共和国基本法には永久条項が存在し、これについては、他のどの憲法とどのように比較しても硬性憲法と言える。

意義

日本における通説は次のとおりである。憲法には安定性が求められる一方、変化への適応も必要であり、この両者に応えるために硬性憲法という技術が考案された。あまりに改正が難しいと違憲的な運用の恐れが高まり、逆に改正がたやすいと憲法を保障できない [35]


注釈

  1. ^ 21世紀初頭現在の日本語の「憲法」は、ほぼこれと同義である[6]
  2. ^ ブライスは法学者であるほか歴史学者・政治家ともされている。
  3. ^ 英語のConstitutionという単語も、制定された憲法を指す場合と、制度を指す場合の二つの意味がある。
  4. ^ ブライスの言うフレキシブル・コンスティチューションは、日本語の「軟性憲法」の意味・語感から遠いため、カタカナ書きのままとした。
  5. ^ これらの中で21世紀まで続いたのはイギリスのみと言える。
  6. ^ ブライスは単なる学者ではなくイギリスの政治家だった人物であり、イギリスの制度を称賛する論述には注意が必要かもしれない。
  7. ^ この説明でブライスはEntrenchedという単語を使っている。比較的古いエントレンチの用例と言える。
  8. ^ おそらくブライスの言う世論は、19世紀末という時期を考えると、全国民の意見を集めるものではないだろう。[独自研究?]
  9. ^ ブライスの予測は、形を変え、21世紀初頭現在のEUとイギリスとの関係に見ることができる。[独自研究?]
  10. ^ ダイシーもイギリスの学者であり、ダイシーの論述を見る場合も、その点に注意が必要かもしれない。[独自研究?]
  11. ^ 原文:A "flexible" constitution is one under which every law of every description can legally be changed with the same case and in the same manner by one and the same body.
  12. ^ 原文:A "rigid" constitution is one under which certain laws generally known as constitutional or fundamental laws cannot be changed in the same manner as ordinary laws.
  13. ^ この文では、ダイシーが「リジッド・コンスティチューション」と呼んだのは、明らかに制度のことであり、その下で法典である憲法あるいは基本法が設けられるとされている。[独自研究?]
  14. ^ 原文:Now this essential rigidity of federal institutions is almost certain to impress on the minds of citizens the idea that any provision included in the constitution is immutable and, so to speak, sacred.
  15. ^ 原文:To this one must add that a federal constitution always lays down general principles which, from being placed in the constitution, gradually come to command a superstitious reverence, and thus are in fact, though not in theory, protected from change or criticism.
  16. ^ 人々の保守化については、ブライスの論文でも触れられている。[要出典]
  17. ^ 原文: The constitutional monarchy of Louis Philippe, in outward appearance at least, was modelled on the constitutional monarchy of England. In the Charter not a word could be found which expressly limits the legislative authority possessed by the Crown and the two Chambers, and to an Englishman it would seem certainly arguable that under the Orleans dynasty the Parliament was possessed of sovereignty.

出典

  1. ^ 真次宏典 2014, p. 5.
  2. ^ a b 宮沢俊義 1938, p. 6-7.
  3. ^ a b c 高見勝利 2005, p. 9-11.
  4. ^ a b c 浅井清 1929, p. 216.
  5. ^ a b c アレッサンドロ・パーチェ 2005.
  6. ^ 「明鏡国語辞典」大修館書店、など
  7. ^ Bryce 1901, p. 127-128.
  8. ^ Bryce 1901, p. 132.
  9. ^ Bryce 1901, p. 131.
  10. ^ Bryce 1901, p. 139-143.
  11. ^ Bryce 1901, p. 149.
  12. ^ Bryce 1901, p. 152-155.
  13. ^ Bryce 1901, p. 160.
  14. ^ Bryce 1901, p. 151.
  15. ^ Bryce 1901, p. 171-174.
  16. ^ Bryce 1901, p. 178-181.
  17. ^ Bryce 1901, p. 184-185.
  18. ^ Bryce 1901, p. 186-187.
  19. ^ Bryce 1901, p. 191.
  20. ^ Bryce 1901, p. 196.
  21. ^ Bryce 1901, p. 197.
  22. ^ アレッサンドロ・パーチェ 2005, p. 70.
  23. ^ Bryce 1901, p. 198-204.
  24. ^ Bryce 1901, p. 205-210.
  25. ^ Bryce 1901, p. 209-210.
  26. ^ Bryce 1901, p. 212.
  27. ^ 井口文男訳 アレッサンドロ パーチェ 『憲法の硬性と軟性』友信堂、2003年169-181頁
  28. ^ a b c 石澤淳好 2014.
  29. ^ Dicey 1915, p. 65.
  30. ^ Category The Constitution”. 2015年6月28日閲覧。
  31. ^ "Wim J. M. Voermans", "The consititutional revision process in the Netherlands", Engineering Constitutional Change : A Comparative Perspective on Europe, Canada and the USA (Routledge Research in Constitutional Law), Xenophon Contiades (ed.), September 9th 2012, p. 269
  32. ^ 大林啓吾「時をかける憲法」『帝京法学』28(1)、帝京大学法学会、2012年、129-130頁
  33. ^ Henry Bournes Higgins, "The Rigid Constitution", The Academy of Political Science, Vol. 20, No. 2, Jun., 1905, p. 203
  34. ^ 石澤淳好 2011.
  35. ^ 芦部信喜 1992, p. 5.
  36. ^ 美濃部達吉 1926, p. 80.
  37. ^ 美濃部達吉 1948, p. 72-73.
  38. ^ 樋口陽一 1992, p. 74-76.
  39. ^ 真次宏典 2014, p. 5-6.






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