東京都電車 その他の構造物など

東京都電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/25 03:46 UTC 版)

その他の構造物など

電停標識(安全地帯用)
停留場安全地帯構造物の先端に設置されていたもの。
  • 四角柱タイプ:戦前から設置されていたデザイン。四角柱の二面に停留場名(暗赤色地・白文字明朝体)、残り二面に地元企業・医療機関・商店などの広告が掲載されていた。上部には夜間照明用の電球を取り付ける石灯籠型のスペースがある[159]。この形態の模造品が新宿歴史博物館に5000形の模造品と共に設置されている。
  • 安全地帯標識兼用タイプ:安全地帯を示す道路標識(英文付記タイプ)の下に停留場名称を横書きで示したデザイン。広告スペースなし、上部に電球2灯つき。自動車視認用として、軌道と垂直に設置されていた[160]
  • 時計つき電飾タイプ:薄緑色の棒状デザイン。上部に時計を搭載しているため先端が丸く、「しらゆり型」と称されるバス停留所標識に類似した形状。内部に蛍光灯を取り付けるスペースがあり、停留場名称(暗赤色地・白文字明朝体)および広告を記したアクリル板を内側から照射できる。時計部分も同様に蛍光灯で文字板を照らすことができる。四角柱タイプ・安全地帯標識兼用タイプからの交換などにより、都電撤去計画開始時点では安全地帯のある電停の多くに設置されていたが、荒川線のみの営業とされた後、ワンマン化に伴う電停改修で一旦姿を消した[注釈 28]。2007年に三ノ輪橋停留場のリニューアルに際して復元されたほか、2008年にリニューアルされた庚申塚停留場や、荒川車庫に隣接する「都電おもいで広場」、あらかわ遊園の6152号、江戸東京たてもの園の7514号周囲にもそれぞれ建てられている。
電停標識(電柱用)
安全地帯を有する停留場ではそこまで渡る横断歩道付近、安全地帯のない停留場では電車停止位置付近の歩道電柱に設置されていたもの。改称前の旧停留場名称や近隣の名所などを副名称として小さく併記する場合もあった。
(例)大和町(富士見通)、上富士前町(六義園前)
  • 電柱上部掲示用:暗赤色地・白文字明朝体の長方形板状標識。下部に広告掲載スペースを有する。
  • 電柱下部掲示用:弘亜社製作による琺瑯製看板。白地に濃紺色文字。軌道に面して掲示するタイプ(乗客乗員視認用)は隣接停留場名称を左右に小さく表示して、赤色の短い矢印を隣接停留場名称の上に配していた。軌道と垂直に掲示するタイプ(歩行者視認用)は当該停留場名称のみを表示。全国主要都市(札幌市電仙台市電横浜市電名古屋市電京都市電大阪市電神戸市電広島電鉄西鉄福岡市内線など)で同形式の標識が採用されていた。このタイプの標識の下には広告・交通安全標語・乗降時の注意喚起・系統案内・乗車運賃案内・始発終車時刻などを掲載した小型の琺瑯板が併設される場合が多かった。
信号塔
分岐点などがある交差点角に設置された建物。中に分岐器の操作を行う装置が設けられ、テコとチェーンで結んで操作した。のち分岐器は架線に設置されたスイッチにビューゲルが接触して切り替えることで自動化されたが、多くの信号塔は廃線まで存置されていた。

注釈

  1. ^ どの鉄道会社を日本最初の私鉄とするかは諸説あり、日本鉄道または阪堺鉄道とする場合もある。
  2. ^ 米国の発明家フランク・スプレイグによって考案された、トロリーポール吊り掛け駆動方式を用いる電車が実用化されたのはこの前年の1888年のことである[9]
  3. ^ 1895年(明治28年)開業。1918年(大正8年)京都市電に編入。
  4. ^ 1898年(明治31年)開業。後の名古屋市電および現在の名古屋鉄道の前身。
  5. ^ 1899年(明治32年)開業。京浜急行電鉄の前身で現在の京急大師線
  6. ^ 1900年(明治33年)開業。現在の箱根登山鉄道の前身。
  7. ^ 当時車両に電気を供給する方法としては
    ・架線にプラスの電流を流し、マイナスの電流をレールに流す架空単線式
    ・架線を2本設置してマイナスの電流も架線に流す架空複線式
    ・架線を設けない蓄電池
    の3種類が検討された。しかし市区改正委員会は漏電による水道管やガス管の腐食を懸念し、架空単線式を認めない方針をとっていた。なお出願者の中には電車以外にもセルポレー式蒸気動車石油発動機圧搾空気の使用を計画するものもあった[10]
  8. ^ 1859年1月23日旧暦安政6年12月20日)長門国美禰郡伊佐村(現在の山口県美祢市)出身。真宗信徒生命保険(現在のT&Dフィナンシャル生命保険)、徴兵保険(後のAIGエジソン生命保険、現在のジブラルタ生命保険)、武蔵電気鉄道(現在の東京急行電鉄)などを設立し、大日本製薬の取締役や日本競馬会旧競馬法に基づく日本競馬会ではなく、その前々身に当たる団体)会長などを歴任した。また衆議院議員総選挙にも1903年の第8回1904年の第9回の2回当選している[14]
  9. ^ 1903年(明治36年)8月2日開業。後の三重交通神都線
  10. ^ かつて都内を流れていた汐留川に架かっていた橋の一つで、今日の東京高速道路土橋入口のある位置に存在した。
  11. ^ 当時の運賃は各社ともに全線3均一で同じ会社の電車同士の乗り継ぎは無料だったが、異なる会社の電車に乗り換える場合はまた運賃を支払う必要があった。
  12. ^ 特に通行税は運賃に上乗せ課税されており、納税するのは鉄道会社でも実際に税金を負担しているのは電車を利用する市民だった。
  13. ^ 戦前において、路面電車など軌道条例および軌道法に基づく鉄道会社の監督権限は、道路行政を所管する内務省にあった。しかし電気事業取締規則及び旧電気事業法において動力に電気を用いる鉄道会社は電気事業者と見なされていたので、同時に電力行政を所管する逓信省も監督権限を有していた。また1908年以降は鉄道行政を所管する内閣鉄道院→鉄道省も監督権限を得たので、路面電車は三重行政のもとにあった。[21][22]
  14. ^ この金額は1911年5月1日時点の評価をもとにした協定価格で、実際の買収額は6458万円余りとなった。
  15. ^ 営業係数は営業収入100円あたりの営業費用の比率で、この場合収入100円あたりの費用が34円30銭だったことを意味する。営業係数が100を下回れば営業黒字、上回れば営業赤字で、数字が小さいほど営業効率がよいと言える。
  16. ^ なお1922年度における東京市電気局の歳入総額は約6367万円、歳出総額は約6016万円である。
  17. ^ 1925年にはフォード・モーター(日本フォード)が横浜、1927年にはゼネラルモーターズ(日本ゼネラル・モータース)が大阪に製造拠点を設置した。なおフォード社が日本進出を決めたのは、東京市が市営バスのためにT型フォード800台を発注したためだとされる。
  18. ^ 東京市内の路線バスは震災前には東京乗合自動車など数社程度だったが、震災後の1933年には市営や鉄道会社の兼営でないバス専業事業者だけで41社を数えた。またタクシーは1922年には1200台程度だったが、1929年には1万台以上にまで増加した。
  19. ^ 市債の中には直接市電の収益に結びつかない目的のため発行されたものも多く、このことも事態を悪くしていた。1934年度の市債残高2億7822万円のうち、47%は震災復旧、道路拡張、東京鉄道の買収などのために発行されたものだった。
  20. ^ この時からPASMOSuicaといったICカード乗車券で運賃を支払う場合、表記の運賃より数円程度安くなるIC運賃を導入しており、2014年4月〜 165円、2019年(令和元年)10月〜 168円が適用されている。
  21. ^ 告示では8日「東京市告示第63号」『東京市公報』1914年5月17日
  22. ^ 志村線開業時点で営業廃止。1966年2月15日に東京都交通局が運輸省および建設省に提出した「巣鴨車庫前・志村橋間の軌道事業廃止許可申請」では板橋五丁目停留場を板橋線と志村線の境界としている。
  23. ^ 「都電百景百話」など林順信の著作物によるが、池袋駅電停背後の西武百貨店に掲げられていた日本万国博覧会開会までの日数電光表示板や、最終運転日(1969年10月25日土曜日)など、平日や土曜日に運転されていた事実を示す写真も残されている。
  24. ^ 『茶の湯連翹抄』(戸田勝久(茶家) 2005年12月 思文閣出版)425頁に当時の思い出として「トタン張りの大きな倉庫のようになっていた」と記述されている。
  25. ^ 東京都公報 1966年5月26日発行 号外90 「東京都電車の運転系統の名称及び区間の一部改正」(交通局告示 昭和41年第4号および交通局規程 第22号)に第18系統・第41系統削除の旨が掲載されている。一部の資料では18系統について「巣鴨車庫-神田橋間に運転短縮の上、1967年8月31日廃止」と記されているが、東京都公報では同日付の東京都電車運転系統に関する改廃の告示は掲載されていない。
  26. ^ 現在の浜松町駅前で、2016年4月現在跡地には世界貿易センタービル、交通局大門庁舎などがある。
  27. ^ なお、新宿線建設にあたって京王側が標準軌への改軌を検討したこともあるが、工事中の輸送力低下を恐れた京王側の意向から交通局側が馬車軌間で建設することになった。
  28. ^ 三ノ輪橋停留場では1983年8月時点で電停標識として存置されていた。また、1983年頃までは停留場名称板のみを外し、全面広告スペースとして使用する停留場も一部にみられた[161]

出典

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