斑鳩町 概要

斑鳩町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/16 21:02 UTC 版)

概要

飛鳥時代聖徳太子の手によって法隆寺が建立されたことなどでよく知られる古い歴史を持つ町。法隆寺のすぐ西に広がる西里の集落は、近世初期の日本で最も組織的な力をふるった大工棟梁中井正清の育った集落でもある。それ以外にも多くの古い町並みが存在するが、高度経済成長以降、大阪のベッドタウンとして都市化が進み、落ち着いた町並みも、もはや過去のものとなりつつある。また、古都保存法の指定都市でもある。

地理

南に大和川が流れ、北には法隆寺の裏山にあたる松尾山を中心とした矢田丘陵を仰ぐ。西部には在原業平の和歌で知られる紅葉の名所、竜田川が、東部には「富の小川」として詠われている富雄川が流れる。

歴史

古代の大和国平群郡夜麻(やま)郷、坂戸郷の地である。龍田川が大和川に合流する地点の北西にある神南備・三室山山頂に延喜式内・神岳(かむおか)神社が鎮座する。飛鳥時代には聖徳太子が斑鳩宮を営み、当時創建された法隆寺法起寺法輪寺中宮寺は現在に伝わり、うち法隆寺と法起寺が世界遺産に登録されている。また近年では藤ノ木古墳の発掘でも有名になった。

江戸時代には竜田藩片桐氏)と興留藩藤井松平氏)が置かれているが、共に短期間で廃止されている。

沿革

行政区画の変遷

明治22年 明治24年 明治29年 昭和22年 現在
奈良県
平群郡 生駒郡
竜田村 竜田町 斑鳩町
法隆寺村
富郷村

合併問題

生駒郡安堵町三郷町平群町北葛城郡王寺町上牧町河合町(西和7町)との合併が審議されていた。新市名として「西和市」も選定されていたが、斑鳩町、王寺町、平群町で実施された住民投票の結果、財務状況が良好である斑鳩・王寺両町で反対票が多数となり、両町が合併協議会を離脱。協議会は解散され、合併は白紙となった。

人口

斑鳩町と全国の年齢別人口分布(2005年) 斑鳩町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 斑鳩町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

斑鳩町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

平成22年国勢調査(速報値)より前回調査からの人口増減をみると、0.31%減の27,731人であり、増減率は県内39市町村中7位。

奈良県統計

  • 2007年10月1日現在 : 27,602人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -2.7%

  1. ^ a b 町の鳥に「いかる」、町の花に「つばき」を制定”. 斑鳩町 (2017年6月22日). 2017年11月28日閲覧。
  2. ^ 「集配拠点等の再編」実施局(旧日本郵政公社近畿支社・2007年1月31日発表分)
  3. ^ 町議会とは”. 斑鳩町. 2019年5月6日閲覧。
  4. ^ 藤ノ木古墳”. 奈良県観光[公式サイト] あをによし なら旅ネット. 一般財団法人 奈良県ビジターズビューロー. 2024年5月16日閲覧。
  5. ^ 選挙区と定数 奈良県選挙管理委員会






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