山岡聡子 山岡聡子の概要

山岡聡子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 14:50 UTC 版)

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スノーボードを始めたのは大学卒業後、地元長野で広告制作会社に就職した23歳からである。当時OLであった山岡は遊びで初めて滑った時にはまってしまい、その後勤めていた会社を辞め本格的にスノーボードの世界に入っていった。アルバイトと両立させ、その後徐々に頭角をあらわし、2003-2004年シーズンではワールドカップ種目別総合優勝を勝ち取る。

2005年3月22日2006年トリノオリンピックの出場が内定したが、本大会では10位に終わった。

2010年1月13日バンクーバーオリンピックの出場が決定した。大会では予選を9位で通過したが、準決勝で得点が伸びず10位で敗退した。

主な成績

オリンピック
  • トリノオリンピック:10位
    • 予選1回目:14位 28.5点(5.1-6.4-6.0-5.6-5.4)
    • 予選2回目:5位 35.6点(7.1-7.0-7.1-6.9-7.5) 決勝進出
    • 決勝1回目:22.4点(4.5-5.0-4.2-4.2-4.5)
    • 決勝2回目:32.7点(6.4-6.0-6.4-6.7-7.2)
  • バンクーバーオリンピック:準決勝10位
    • 予選1回目:9位 34.8点
    • 予選2回目:7位 37.0点 準決勝進出
    • 準決勝1回目:9位 30.6点
    • 準決勝2回目:6位 24.9点

2007年FIS世界選手権大会 スイス・アローザ(2007年1月) 2位

2007年アジア冬季競技大会(2007年1月29日)

  • 2位

FISワールドカップ2008 GIFU/GUJO大会(2008年2月23日)

  • 2位

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