小笠原三九郎 エピソード

小笠原三九郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/20 02:14 UTC 版)

エピソード

大蔵省検査と岡田信

1921年(大正10年)、台湾銀行に大蔵省特別銀行課長岡田信を責任者とする検査が入った。これより先に、台湾銀行の貸出中不良とみられるものの相当額が華南銀行貸出に肩代わりが行われていた。岡田課長の追求は華南銀行に及び華南銀行の減配・整理にまで話が及ぶこととなり、対向の為役員全員の総辞職を申し入れたが岡田の考えにまったく影響を及ぼすこと無く、結果的に華南銀行常勤役員5名が全員辞職することとなった。華南銀行整理案に関して小笠原と岡田との間で激論が交わされたが、結果的に二人の間に個人としての信用が芽生え、華南銀行退職後は小笠原を台湾銀行で重用すべきとの口添えが岡田より台湾銀行中川頭取に対し行われた[4]

小笠原が東京に定住することとなると、岡田と小笠原は共にダンスレッスンを習ったり、酒席を共にして抱負を語り合ったりした。一時期暮らした池袋の家も岡田の自宅の近くと言うことで買い求めたものであり、また岡田が市川に転居した後は家族で苺狩りに岡田宅に邪魔するなど家族ぐるみで付き合った。岡田は大蔵省を退任したあと内務省官僚の南弘に引っ張られ東洋拓殖理事や台湾総督府財務局長北海道拓殖銀行頭取になったが、ある晩岡田が自宅に来て「満洲興銀総裁にならないかと言う話あるが、どう思うか」との相談を受けた。小笠原は「率直に言うと今は満洲時代で国内の経済すら満洲に引き回される状況にある。僕なら受ける。満洲から帰ってきたら大蔵畑の指導者になれば良い」と回答した。岡田は「君も勧めるなら行って一働きしてくるか」と語った。こうして岡田は満洲興銀総裁となったが、その評判は頗る高かった。しかし日本が敗戦すると、岡田は中国人によって殺害されてしまった。その死を聞いた際、小笠原は「剛直・恬淡・親切で人情に篤く進んで他人の難を救う人であったため、満洲で敵の弾丸に倒れることとなったのではないか、岡田の死が悼まれてたまらない[5]。岡田へのアドバイスが今までの人生の中で最も後悔すべきことがらだ[6]」と語った。

鈴木商店破産処理

台湾銀行審査第一部長として鈴木商店の破産処理にあたった際、「自分には私利私欲は一切無い」と主張する支配人金子直吉に向かって「あなたは“所有欲”は無いかも知れないが、“使用欲”については天下無類である。今後私欲が無いなどとは絶対に言わせませんよ」と単刀直入に言い放ち、金子を沈黙させたことがある。

政界進出

1925年(大正14年)秋、小笠原は台湾銀行頭取を退任間もない中川小十郎から連絡を受け訪問した。中川は台銀を退職したとは言え貴族院議員で立命館大学総長を勤めており政界に対して隠然たる力を持っていた。その様な中川から「君のような悍馬は新頭取には無理かもしれないし、君も今の台銀で働くのは面白くなかろう。僕は君をよく知っているつもりだが、君の素質なら政治家となるのが一番大きく伸びる見込みがあると思う。もし君がその気なら、資金の方は僕ができるだけ心配するから、君は選挙区を選びたまえ。郷里の三河が適当と思うならば、早速、郷里の県会議員だとか、町村長だとか、地方有力者その他の人々と接触することのつとめて、その準備に取り掛からなければならない。それらの人々で僕に会わせた方がよいと言う人がいたら、いつでも会ってあげるから、紹介ないし引っ張ってくれば君のためになるようにお取り計らいするから」と、中川自身が既に小笠原の政界進出を決めたような話を出された。実際小笠原も台銀については身を引くべき時期との考えを持っていたため、中川の話は小笠原にとって渡りに船の話であった。その後、中川は小笠原に会うたびに政界進出を勧め、小笠原も漸く意を決し1926年(大正15年)4月の選挙の立候補すべく台銀を退職した[7]


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 20世紀人名辞典. 日外アソシエーツ 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 「人生は短い 自伝 小笠原三九郎略年譜」(小笠原三九郎著 昭和42年)
  3. ^ 『官報』第12303号13-14頁 昭和42年12月18日号
  4. ^ 「人生は短い 自伝 銀行検査と役員辞職」(小笠原三九郎著 昭和42年)
  5. ^ 「人生は短い 自伝 岡田信のこと」(小笠原三九郎著 昭和42年)
  6. ^ 小笠原三九郎 岡田信遺族への言葉
  7. ^ 「人生は短い 自伝 政界進出準備」(小笠原三九郎著 昭和42年)


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