小島孝之 (実業家) 小島孝之 (実業家)の概要

小島孝之 (実業家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/09 04:25 UTC 版)

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民社党本部書記局青年婦人対策部長、国民運動担当部長[1]。国政経験こそ無かったが、春日一幸塚本幸一大内啓伍ら歴代委員長の信任厚く、党内の要職を歴任した。

お笑いタレントの小島よしおの父親[1]

略歴

北海道札幌市生まれ。

1971年早稲田大学政治経済学部政治学科卒。

1971年 大学在学時に民主社会主義学生同盟委員長。

1971年 民社党本部書記局 青年婦人対策部長、国民運動担当部長
ベトナム難民支援、ベーチェット病等難病支援運動を行う。
自由人権委員会を設立、旧ソ連・サハロフ、ソルジェニーツィン救援活動、
ポーランド連帯ワレサ支援、カンボジア虐殺抗議活動等を展開。
1983年 第13回参議院議員通常選挙 千葉県選挙区より民社党公認で立候補。

1983年 第37回衆議院議員総選挙 千葉県第1区より民社党公認で立候補。

1986年 第38回衆議院議員総選挙 千葉県第1区より民社党公認で立候補。

1990年 第39回衆議院議員総選挙 千葉県第1区より民社党公認で立候補。

1996年 第41回衆議院議員総選挙 千葉県第4区より旧民主党公認で立候補。

1997年 株式会社エフアイジャパン 欧米アジア語学センターを設立。学校長就任。欧米アジア語学センターは、東京都文京区本郷3丁目3−11に本部を置き、東京・横浜を拠点に、全国的に活動を展開している。

2002年 特定非営利活動法人ミクロネシア振興協会を設立。副理事長に就任。

2011年 アジアの民主化を促進する実行委員会 事務局長
中国、ベトナム、チベット、ウイグル、南モンゴル人権民主化支援活動を行う。
2012年 ミャンマー・カチン族「マノー祭り」実行委員会副委員長
ミャンマー少数民族 特定非営利活動法人PEACE 事務局長
2015年 南シナ海問題を考える会 事務局長

2017年 東シナ海問題を考える会 事務局長

2018年 一般社団法人 自由インド太平洋連盟 事務局長

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